裕仁親王誕生
1901/04/29
皇太子夫妻に最初の男の子が誕生した。 のちの昭和天皇だ。
    
1901/04/29   裕仁親王誕生
1919/06/10   皇太子婚約
1921/03/03   皇太子、ヨーロッパ歴訪 (09/03 帰国)
1921/11/25   皇太子摂政就任
1926/12/25   大正天皇崩御 (昭和天皇即位)
1933/12/23   皇太子明仁親王誕生
1941/12/08   宣戦の大詔 (AM11:45)
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1946/01/01   天皇、人間宣言 (神格化否定の詔書)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク 1963年生まれのtaroにとって、4月29日といえば天皇誕生日だ。 ものごころついた頃からずっとそうだった。 天皇が死んだら天皇誕生日はどうなるのだろうとは子供ごころに心配したが、 この日がかつてどういう名称でよばれたか、どういう経緯でこの名に変わったかなど知るよしもなかった。 天皇が激動の時代を生きたことも、人間宣言しなければならぬほど神格化されていたことも、もちろんずっと知らなかった。 なーんにも知らずに、ただゴールデンウイーク最初の祝日を喜んだだけだった。 ついでにいえば、この人に赤ちゃんの時代があったことも知らなかった。 ものごころついたときにはもうおじいさんで、それからずっとおじいさんだったから。 井上成美は「名君」と評価する。taroも今はそう思う。
引用昭和天皇は、制度上、生まれながらの皇位継承者であった最初の天皇である。 一八八九年(明治二二)二月に皇室典範が制定されるまでは、 皇位の継承順についての制度上の規定はなかった。 明治天皇は孝明天皇の庶出の長男子であり、嫡出の皇子がなかったので八歳で皇太子になり、 のちの英照皇太后の実子にさだめられた(嫡子待遇)。 大正天皇明治天皇の庶出の第三皇子であったが、 異母兄である庶出の第一皇子、同母兄である第二皇子がいずれも生後まもなく病没して長男子となったので、 皇室典範制定後の十一月に皇太子となった。
昭和天皇は一九〇一年(明治三四)四月、皇太子嘉仁親王(大正天皇)の長男子として生まれた。 皇室典範のさだめる皇位継承の順序は、男系の男子で皇長子、皇長孫の順序である。 裕仁親王は皇長孫であり、皇太子が皇位を継承すれば自動的に皇太子になる制度のもとに生まれた。 皇長孫の裕仁親王は生後三ヵ月から海軍中将川村純義の邸にあずけられてそだてられ、 皇位を継承することが確実な皇長孫として教育された。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。