伊藤博文、露外相に交渉打切りを通告
1901/12/23
ロシアの強硬な態度にガックリ。 伊藤は日露協約締結をあきらめた。
    
1901/09/18   伊藤博文渡米
1901/10/16   日英同盟交渉開始
1901/12/02   伊藤博文、日露協商交渉開始
1901/12/23   伊藤博文、露外相に交渉打切りを通告
1902/01/30   日英同盟@調印
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク 伊藤の対露外交は失敗した。 失敗だったから思うのだろうか、伊藤って立派だなとtaroは思う。 このときすでに、彼は首相を4度務めた元老の筆頭格。 エール大学からは、世界の偉人の一人に選ばれ、名誉博士号を贈られている。 60を過ぎた老人でもある。 その彼が個人の資格で露都ベテルブルグに乗り込み、日露協約の締結を求めるのである。 もともと成算は薄かった。 日本政府の大勢は日英同盟だったから、迷惑に思われこそすれ、本国からの支援はない。 それでも彼は行動を起こしたのだ。 日本のために、それがこのときの伊藤のモチベーションのすべてだったと思う。 いいな。すごいな。伊藤は立派だぁ。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。