日英同盟@調印
1902/01/30
東アジアの利権をロシアの脅威から守るため、イギリスと日本が手を握った。
    
1901/10/16   日英同盟交渉開始
1901/12/02   伊藤博文、日露協商交渉開始
1901/12/23   伊藤博文、露外相に交渉打切りを通告
1902/01/30   日英同盟@調印
1902/04/08   満州還付条約調印 (露・清)
1903/04/08   ロシア、満州撤兵A不履行
1903/10/06   日露交渉(小村・ローゼン交渉)開始
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1905/08/12   日英同盟A調印
1911/07/13   日英同盟B調印
1921/12/13   四ヵ国条約調印 (日英同盟廃棄)
〜 ロシア、満州に進出 〜
次は中国華北? (イギリスの心配) → 握手 ← (日本の心配) 次は朝鮮半島?
taro's トーク ああああああ
引用この条約で守るべき利益は、イギリスは“主として清国にかんする利益”、日本は“清国において有する利益に加えて、 韓国において政治上・工業上・商業上に格段に有する利益”とし、これらの利益が「別国ノ侵略的行動」 あるいは両国民の生命財産を保護しなければならないような「騒動ノ発生」した場合には、日英両国は必要な措置をとりうる、 ということで交渉の難関を切り抜けた。 期限は五年、交換公文で海軍の協力を規定した。
一九〇一年十月十六日の林公使とランスダウン外相の会談から軌道にのった交渉は、こうして、 一九〇二年一月三十日、ロンドンで日英同盟調印式にこぎつけた。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。