ロシア、鴨緑江木材会社を設立
1903/06/13
従業員はロシア兵。 下心みえみえの国策会社、満州と韓国の国境地帯に設立。
    
1903/04/08   ロシア、満州撤兵A不履行
1903/04/18   ロシア、満州撤兵のための7項目を清国に要求 (04/27 清国拒否)
1903/04/21   無隣庵会議 (山県伊藤小村/京都)
1903/06/12   ロシア、クロパトキン陸相来日
1903/06/13   ロシア、鴨緑江木材会社を設立
1903/08/12   ロシア、旅順に極東総督府を設置
1903/08/29   ロシアの蔵相ウィッテ失脚 (主戦派の政治的勝利)
1903/10/06   日露交渉(小村・ローゼン交渉)開始
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用それまで鴨緑江の森林利権を所有していたのは、ウラジウォストクの商人ユ・イ・ブリネルであって、 かれはこの利権を朝鮮政府から、一八九六年八月に二〇年の期限で手にいれたものであった。 この利権は、豆満江および鴨緑江の二大河の流域にまたがるものであった。 利権所有者は、同地域に道路を建設し、電信を敷設し、建物をたて、汽船を維持し、その他の利権をもつ権限を行使していたのだから、 利権期間中このものは、事実上北鮮の主人になったわけであった。 ブリネルは必要な資金を集められなかったので、かれからこの利権を手にいれたのが、その他の民間人と共同ではあったが、 ア・エム・ベゾブラーゾフなのだった。 この利権をつかって、ベゾブラーゾフ派は東アジアにおいて、商工業活動を拡大しようと目論んでいたのだった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。