戦艦「初瀬」「八島」、旅順沖で触雷、沈没
1904/05/15
今度は戦艦2隻だ。 機雷にやられたぁ。 連合艦隊の主力艦は戦力33%ダウンだ。
    
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1904/02/24   旅順口閉塞作戦@
1904/03/27   旅順口閉塞作戦A
1904/04/25   ウラジオ艦隊、元山沖で陸軍輸送船「金州丸」を撃沈
1904/05/03   旅順口閉塞作戦B
1904/05/15   巡洋艦「春日」、「吉野」に衝突、「吉野」沈没
1904/05/15   戦艦「初瀬」「八島」、旅順沖で触雷、沈没
1904/08/10   黄海海戦
1904/08/14   蔚山沖海戦
1904/08/24   ロシア、バルチック艦隊の太平洋派遣を決定
1904/10/15   バルチック艦隊、リバウ軍港を出航 (司令長官:ロジェストウェンスキー
1905/01/02   旅順陥落
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用五月二日(十五日)に、戦艦「初瀬」、「八島」、「敷島」と巡洋艦三隻[実際は巡洋艦「笠置」と通報艦「竜田」の二隻]からなる敵の艦船が 旅順港に姿を見せた。 ロシアの沿岸監視所は、戦隊の動きを注意深く監視していた。 間もなく、一番後を進んでいた戦艦「初瀬」に爆発が起った。 軍艦はひどく傾いた。 乗組員を助けようとして、ボートがだされた。 損傷をうけた軍艦に危険を犯して近づこうとした戦艦「八島」が間もなく第二機雷に接触して、これまた爆破した。 日本の戦艦二隻が沈没してしまった。 「初瀬」だけで、敵は士官と兵曹三六名、水兵四五七名を失ったのであった。
この日は日本艦隊の厄日といわれるようになった。 戦艦二隻以外に、日本海軍はエリオット島(裏長山列島)地域で、巡洋艦「吉野」を失ってしまった。 同艦では三三五名が戦死した。 その二日後、旅順港のロシア機雷にふれて、水雷艇「暁」が爆破したし、 日本の砲艦「大島」が、停泊中別の日本砲艦と接触して沈没してしまった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。