第13師団、南樺太上陸
1905/07/07
講和会議が決まってから、せこさ丸出しで、あわててロシア領内へ侵入。
    
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1905/01/02   旅順陥落
1905/03/10   日本軍、奉天占領
1905/05/27   日本海海戦 (〜05/28/連合艦隊司令長官:東郷平八郎
1905/06/09   T・ルーズベルト(米)大統領、日露両国に公式に講和を勧告
1905/07/07   第13師団、南樺太上陸 (07/31 樺太占領)
1905/08/10   日露講和会議開催 (アメリカ・ポーツマス/首席全権:小村寿太郎
1905/09/05   ポーツマス条約調印 (首席全権:小村寿太郎日露戦争終結)
1905/09/05   日比谷焼き打ち事件 (〜09/06)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用六月十八日、まず先遣部隊を南岸コルサコフ地方に上陸させ、 ついで第十三師団主力を西岸中部のアレキサンドロフ付近に上陸させることに決定した。 大体この島にはさしたる守備軍はなく、急に編成された義勇軍ていどであったから占領はかんたんであった。 七月九日先遣部隊、二十四日主力部隊の上陸が成功すると、三十一日早くもロシア軍は降服し、樺太全島は日本軍の手中に帰した。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。