日韓協約B調印
1907/07/24
ハーグ密使事件をきっかけに、日本の韓国植民地化政策 ついにここまで。
    
1904/02/23   日韓議定書調印
1904/08/22   日韓協約@調印
1905/11/17   日韓協約A調印
1905/12/20   韓国統監府設置 (12/21 伊藤博文を韓国統監に任命)
1907/07/03   伊藤統監、韓国皇帝にハーグ密使事件を追及
1907/07/19   韓国皇帝、譲位の詔勅を発表
1907/07/24   日韓協約B調印
1907/08/01   韓国軍解散式
1909/10/26   伊藤博文射殺事件
1910/08/22   韓国併合 (日韓条約調印)
〜 協約の内容 〜
韓国は外交だけでなく内政も日本に任せること!
taro's トーク ああああああ
引用日露協約調印の六日前、七月二十四日、伊藤韓国統監と李完用首相とのあいだに調印された第三次日韓協約は、 韓国政府は法令の制定、重要な行政上の処分、高等官吏の任免にあたっては統監の事前の承認を必要とすること、 統監の推薦する日本人を韓国官吏に任命することなどを規定していた。 統監は韓国における事実上の主権者の地位についたといってもよかった。
同時に結ばれた秘密覚え書で、大審院以下の裁判所、監獄を新設し、大審院長を日本人とするほか日本人裁判官、 典獄の任命、王宮守衛の一大隊以外の韓国軍隊の解散、中央から地方官庁まで各部次官以下の重要官職に日本人を任命することなどを決めた。
この事実上の併合への反対が朝鮮全土をおおったことはいうまでもなく、 京城での軍隊解散式への反乱をきっかけとして、全土に武装反乱が拡大してゆく。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。