宝塚唱歌隊設立
1913/07/15
宝塚温泉の集客を図るため、三越少年音楽隊をまねて、平均年齢12歳の唱歌隊結成。
    
1913/07/15   宝塚唱歌隊設立 (→宝塚音楽歌劇学校)
1918/05/26   宝塚少女歌劇、東京初公演 (帝劇/〜05/30)
1932/08/12   鞄結桾塚劇場設立 (社長:小林一三/→東宝)
1944/03/04   宝塚歌劇団、最終公演 (ファン殺到で、警官が抜刀して警備)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用清く、正しく、美しくをモットーに「スミレの花咲くころ」の歌で有名な宝塚唱歌隊が一九一三年七月に設立され、 この年四月一日に初演した。
宝塚唱歌隊は宝塚温泉に客を誘致するために、箕面電鉄株式会社(後の阪急有馬電気鉄道)が、 三越の少年音楽隊を手本に発足させたもの。 初の公演も宝塚温泉内のパラダイス劇場で行われた。 隊員の女性の平均年齢は一二歳前後。 第一回公演のスターはソプラノ歌手だった高峰妙子。 彼女は男性役として、桃太郎を演じたという。
その後、唱歌隊は宝塚歌劇団へと発展していった。 宝塚では、その後、長いこと、百人一首から芸名をとるのが伝統となり、天津乙女、小夜福子、有馬稲子らの人気スターが輩出した。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。