シーメンス事件発覚
1914/01/23
ベルリン発の海軍汚職事件が海軍出身の山本首相と内閣を揺さぶる。
    
1914/01/23   シーメンス事件発覚 (島田三郎、国会で海軍高官の収賄を追及)
1914/02/04   東京地裁検事局、ヴィッカース社社員ウィンダーを召喚
1914/02/15   東京朝日記者襲撃事件 (原内相私邸前)
1914/03/23   予算案不成立 (貴族院、両院協議会案を否決)
1914/03/24   山本内閣@総辞職
1914/04/16   大隈内閣A成立 (首相:大隈重信
1914/05/11   海軍人事大異動発令 (山本前首相斉藤前海相を予備役に編入)
1914/05/29   海軍軍法会議、シーメンス事件に有罪判決
〜 事件の発覚 〜
カール・リヒテル書類窃盗事件(ドイツ) → [ロイター電] → (日本)シーメンス事件
taro's トーク ああああああ
引用大正三年(一九一四年)二月、ドイツのシーメンス兵器会社その他への軍需品発注にからみ、 海軍の高級将校数名がワイロを受け取っていたことがバクロされ、議会で責任を追及されて、 三月二十四日、海軍大将の山本権兵衛内閣が総辞職した。
松本和中将(兵学校第七期)がイギリスのアームストロング社から、 沢崎寛猛大佐(兵学校第十七期)がシーメンス社から、 藤井光五郎機関少将その他がイギリスのヴィッカース社、三井物産から収賄していたのである。
四月十六日に大隈重信内閣が成立し、前海相斎藤実大将(兵学校第六期)に代わり、 大隈のフトコロ刀の加藤高明外相のすいせんで、八代六郎中将が海相となった。
八代は、鈴木秋山と協議のうえ、山本斎藤は、たとえ海軍育ての親であっても、 監督上の責任で、予備役に退くべきであると判断し、そのような処置を取ろうとした。
引用一月二十三日、同志会の代議士島田三郎(静岡県出身、横浜毎日新聞主筆、改進党創立委員、衆議院議員連続当選十四回、 星亨の弾劾、足尾銅山鉱毒事件、廃娼運動などで議会で雄弁をふるった)は予算委員会で日本海軍の汚職を痛撃した。 受ける側に立った山本首相斎藤海相は顔色蒼白となった。
前日の各新聞はシーメンス・シュッケルト電気会社の元東京支社タイプライター係カール・リヒテルが、 恐喝罪によってベルリン地方裁判所で懲役二年の判決を受けたことを報じていた。 リヒテルは支社より日本海軍が同社から贈賄を受けていた事を示す書類を盗み出し、これを種に同社をゆすっていたのである。
折柄開会中の第三十一議会には前述の海軍予算のほか、営業税、通行税、織物消費税なども提出されていたので、 反対派は尾崎行雄、花井卓蔵(中正会代議士、名弁護士として知られ、普選運動に貢献)蔵原惟郭(同志会代議士、 院内最左派として知られ、マルクス主義評論家蔵原惟人はその息子)らが次々に壇上に立って政府を攻撃した。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。