タンネンベルクの戦い
1914/08/26
ロシア軍が予想外の急襲。 ドイツの老将 ヒンデンブルク、これを撃破して救国の英雄となる。
    
1914/06/28   サラエボ事件 (オーストリア皇太子夫妻暗殺)
1914/07/28   オーストリア、セルビアに宣戦布告 (第一次世界大戦勃発)
1914/08/03   ドイツ、ベルギーへの侵入開始 (対仏宣戦布告)
1914/08/04   イギリス、ドイツに宣戦布告
1914/08/26   タンネンベルクの戦い (〜08/30)
1914/09/02   青島出兵 (日本軍、山東半島上陸開始)
1914/09/05   英仏露3国、ロンドンで単独不講和を宣言
1914/09/05   マルヌの戦い (〜09/12/西部戦線膠着)
1915/02/04   ドイツ、対英封鎖宣言
1915/04/22   ドイツ軍、毒ガスを使用 (イプルの戦い/〜05/25)
1915/05/23   イタリア、対オーストリア宣戦布告
1915/09/05   ロシア皇帝ニコライ2世、ロシア軍最高司令官ニコライ大公を罷免
1916/02/21   ヴェルダン要塞攻防戦 (〜07/11)
1917/03/15   二月革命 (皇帝ニコライ2世退位、ロマノフ朝滅亡)
1917/04/06   アメリカ、対独参戦
1917/11/07   十月革命 (ソビエト政権成立)
1918/03/03   ブレスト・リトフスク条約調印 (ソビエト政府、独墺と講和)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用ドイツ、オーストリア側からみて東部戦線にあたるロシアとの戦争も、はじめから予測がはずれた。 ドイツ、オーストリアとも長い同盟関係にあったにもかかわらず、戦前に具体的な作戦の協議はなかった。 戦争になってはじめて、おたがいに相手側がロシア軍を阻止してくれるものと期待していたことがわかった。 さらに、ロシア軍の動員と進撃は予想以上に早かった。 開戦後二週間もたたないうちに、ロシア軍は防衛の薄いドイツの東端部に侵入した。 モルトケは、急遽予備役にあった老将軍ヒンデンブルクを起用し、ベルギー戦で功績をあげた参謀ルーデンドルフを派遣して、対応にあたらせた。 動員の早かった分だけ、ロシア軍の準備は不十分であった。 八月末から九月上旬のタンネンベルク、マズール湖沼周辺の戦いで、ロシア軍は捕虜一二万を含む二五万人を失って壊滅し、 本国に追い返された。 この戦いでヒンデンブルクは、国民のあいだで一躍救国の英雄になった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。