大阪毎日・大阪朝日、夕刊発行開始
1915/10/10
大正ジャーナリズムの進化? 大阪の毎日・朝日、そろって夕刊発行を開始。
    
1914/05/02   読売新聞、「身の上相談」欄を開設
1914/07/28   オーストリア、セルビアに宣戦布告 (第一次世界大戦勃発)
1914/08/23   対独参戦 (宣戦布告)
1914/09/02   青島出兵 (日本軍、山東半島上陸開始)
1915/01/18   対華21ヵ条要求 (外相:加藤高明
1915/03/25   総選挙[12] (同志会153、政友会108、中正会33、国民党27、他60)
1915/08/18   全国中等学校優勝野球大会@開催 (大阪朝日新聞社主催)
1915/10/10   大阪毎日・大阪朝日、夕刊発行開始
1915/11/10   大正天皇即位式
1916/01/01   袁世凱、皇帝即位 (帝政移行)
1916/05/26   夏目漱石「明暗」連載開始 (朝日新聞)
1916/10/05   大隈内閣A総辞職
1921/01/02   大阪朝日新聞、グラビア写真の付録を添付
1925/03/01   ラジオ放送開始 (07/12 から本放送)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用一〇月一〇日、『大阪朝日』、『大阪毎日』などがこぞって夕刊を発行し始めた。 日本で、初めて夕刊を発行したのは『報知新聞』で、すでに一九〇六年一〇月から発行していた。 大正期に入って、第一次大戦を経験し、号外を多発したところから、大手各紙も夕刊発行にふみきったもの。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。