3党首会談
1916/05/24
政党3党首が会談。 元老排除 では一致。
    
1915/01/18   対華21ヵ条要求 (外相:加藤高明
1915/07/25   大浦内相辞任 (2個師団増設案成立工作問題で)
1915/07/30   大隈内閣辞表提出
1915/08/03   元老会議、大隈首相を慰留
1915/08/10   3閣僚辞任 (加藤外相若槻蔵相・八代海相/内閣改造)
1916/03/26   大隈首相、山県元老に対して、後継首相に加藤高明を推薦
1916/05/24   3党首会談 (加藤犬養/三浦梧楼の斡旋)
1916/10/04   大隈首相、辞意表明 (後継首相に加藤高明を推薦)
1916/10/04   元老会議、後継首相に寺内正毅を推薦 (寺内に組閣命令)
1916/10/05   大隈内閣A総辞職
1916/10/09   寺内内閣成立 (首相:寺内正毅
1916/10/10   憲政会結成 (立憲同志会など3党合同/総裁:加藤高明
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用六月六日に観樹将軍三浦悟楼のあっせんで三党首会談が開かれた。 加藤(同志会)(政友会)犬養(国民党)の三人が集まり「外交及び国防の方針は努めてこれを一定し、 この遂行にあたっては、各自党派の消長に関係せず一致協同するはもちろんにして、 外界一切の容喙を許さず」という覚え書を作り三人が署名した。 つまり、元老の干渉を許さずということであった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。