株価暴落で株式市場大混乱 (→戦後恐慌)
1920/03/15
成金ブームからの暗転。 第一次世界大戦後の戦後恐慌から、日本経済の転落は始まる。
    
1915/09/23   東京期米相場暴落 (以後上昇)
1915/12/04   東京株式市場暴騰 (→大戦景気)
1916/09/01   工場法施行
1917/01/20   西原借款開始 (段祺瑞政権支援)
1918/07/31   東京米穀取引所立会停止 (米価大暴騰のため)
1918/08/03   米騒動 (富山県中新川郡西水橋町→全国に波及)
1918/11/11   第一次世界大戦終結
1919/06/28   ベルサイユ条約調印 (北京政府、調印拒否)
1920/03/15   株価暴落で株式市場大混乱 (→戦後恐慌)
1920/03/28   新婦人協会発会式 (平塚らいてう市川房枝ら)
1920/04/16   原首相、財界救済を言明
1921/09/28   安田善次郎刺殺事件 (大磯/犯人:朝日平吾)
1921/10/04   株式・綿糸・米穀各相場下落 (天皇病状悪化の発表により)
1921/11/04   原首相刺殺事件 (東京駅/犯人:中岡艮一)
1922/12/20   大蔵省、財界救済方針を声明
1923/03/30   工場法改正 (適用:15歳未満→16歳未満/雇用者の責任を加重)
1923/09/01   関東大震災
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用一九二〇年三月一五日、東京株式取引所の株価暴落をきっかけに、 戦後反動恐慌がおこった。平均株価は、同年六月までに半値以下に暴落した。 主要商品の価格崩落も大きい。なかでも、日本の輸出をささえる産業部門の商品の暴落ぶりはひどく、 生糸価格は七五パーセント、綿糸価格は六六パーセントも下落した。 それにつれて、取引銀行にたいする信用不安が増大し、預金取付け騒ぎが全国各地でおこった。 四月七日、増田ビルブローカー銀行の破綻をきっかけに、四月から七月にかけて、 本支店あわせて一六九行が取付けにあい、二一行が休業におちいった。 五月には、生糸滞貨の増加・輸出の激減によって、横浜の茂木商店とその機関銀行である七十四銀行が破綻した。 この影響はただちに生糸問屋・製糸家・絹織物業者・養蚕農民に波及した。 なかでも、全国二〇〇万戸におよぶ養蚕農家の窮乏は深刻化し、 以後、農業問題は日本資本主義の存立にかかわる根本問題となっていくのである。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。