満鉄疑獄事件発覚
1921/01/31
政友会幹部のかげ ちらちら。 大陸を舞台にした裏金工作(!?)の一端がちくりでバレた。
    
1918/09/29   原内閣成立 (首相:原敬
1920/05/20   総選挙[14] (政友会278、憲政会110、国民党29、他47)
1921/01/31   満鉄疑獄事件発覚
1921/03/15   「珍品五個」事件発覚
1921/11/04   原首相刺殺事件 (東京駅/犯人:中岡艮一)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用1月31日の衆議院予算委員会の席上、野党憲政会が満州鉄道の炭鉱・汽船買収問題を取り上げ、政府を追及した。 疑獄事件に火をつけたのは、大阪毎日新聞が報道した元満鉄職員の手記だった。
疑獄の主人公は満鉄副社長の中西清一。 満州・撫順炭鉱の近くに搭連炭鉱という日中合併の小規模の炭鉱があり、これを満鉄が220万円で購入した。 ところが、三月に株主や憲政会系弁護士が出した告訴状によれば、同炭鉱の実価は70万円とされていた。
中西は、原内閣成立で逓信次官にばってきされ、その後満鉄入りし、実権を握ったが、との関係が噂された。 また、同炭鉱の日本側経営者の東洋炭鉱には、この年の総選挙に政友会から立候補した森恪が専務取締役を務めていた。 買収金のうち30万円が先に支払われ、これがと政友会の選挙資金にあてられたとの疑惑がもたれた。
さらに満鉄の子会社の大連汽船が三菱造船所との契約を解除して、政友会と関係の深い内田信也が経営する造船所から 汽船「鳳山丸」(8500d)を276万円で買ったことも問題化した。
当時の満鉄は資金が乏しく、従業員への賃金支払いも困っていただけに、 “豪勢”な買い物には疑惑の目が向けられるのは当然だった。
中西は第一審では背任で有罪、懲役10か月の判決を受けたが、二審では証拠不十分で無罪となった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。