連合国、賠償金1320億金マルクの支払計画受諾をドイツに要求
1921/05/05
天文学的な賠償金の要求が、天文学的インフレを呼び、ドイツ経済の大混乱を招いた。
    
1918/11/09   ドイツ革命
1918/11/11   第一次世界大戦終結
1919/01/18   パリ講和会議開催 (〜06/28/首席全権:西園寺公望
1919/06/28   ベルサイユ条約調印 (北京政府、調印拒否)
1919/07/31   ワイマール憲法成立
1921/05/05   連合国、賠償金1320億金マルクの支払計画受諾をドイツに要求
1923/01/11   フランス・ベルギー、ルール占領
1923/10/23   ドイツ共産党、ハンブルクで武装蜂起 (10/25 鎮圧)
1923/11/08   ヒトラー、ミュンヘン一揆失敗 (11/09 逮捕)
1923/11/15   ドイツ、レンテンマルク発行開始 (→インフレ収束)
1924/08/29   ドイツ議会、ドーズ案を承認 (賠償金支払い問題)
1929/06/07   ヤング案発表 (ドイツ賠償金支払い問題)
1931/06/20   フーバー・モラトリアム
1932/06/16   ローザンヌ会議開催 (〜07/09/ドイツ賠償金支払い問題)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク 戦勝国はベルサイユ条約で、ドイツから、ルール地方を除くほとんどすべての主要な生産手段を奪った。 そして、残された生産手段ではとても支払い不可能な法外な賠償金を要求した。 その不合理は、戦勝国自身がその後の歴史の中で認めている。 ドーズ案ヤング案と二度の支払い緩和を行い、フーバー・モラトリアム、 そしてついに、ローザンヌ会議でドイツの賠償金をほとんどちゃらにした。 何も得るところがなかったなんてもんじゃなく、 ローザンヌ会議の恩恵を受けたのは、戦勝国の長年のドイツいじめを栄養にすくすく育ったナチス党の党首アドルフ・ヒトラーだった。 第二次世界大戦後の日本の賠償金支払いが軽くて済んだのは、冷戦と、それからアメリカ人たちがこの史実をちゃんと覚えていたからだ。 ただし、この歴史を知らない国の人々が内心不満であってもちっとも不思議じゃないとtaroは思っている。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。