ムッソリーニ、イタリア首相就任
1922/10/31
ファクタ政権を見限って、イタリア国王、ファシスト人気に便乗。 ムッソリーニ、あっさり政権奪取。
    
1921/11/11   ファシスト党結成 (ローマ)
1922/10/28   ファシスト党、ローマ進軍
1922/10/31   ムッソリーニ、イタリア首相就任
1922/11/25   ムッソリーニ(伊)首相、独裁権獲得 (秩序回復のため)
1923/11/14   イタリア議会、ムッソリーニの選挙法改正案可決
1924/01/27   ローマ盟約調印 (イタリア、フィウメ獲得)
1927/11/27   イタリア、アルバニア保護国化
1936/05/09   イタリア、エチオピア併合
1940/06/10   イタリア、英仏に宣戦布告
1943/09/08   イタリア、無条件降伏
1945/04/27   ムッソリーニ逮捕 (04/28 銃殺)
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あああ
taro's トーク ああああああ
引用自由主義政府の弱体、左翼の分裂、議会の機能不全を前に、強力な政府を要求する声は既成政党の内部にもあらわれた。 こうした状況をみて、二二年十月、ムッソリーニは、二万五〇〇〇人の武装行動隊をローマに進軍させ、 勢力を誇示して政権樹立をねらった。 政府は戒厳令布告で対抗しようとしたが、国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ三世は内乱を恐れ、戒厳令の署名を拒否したばかりか、 逆にムッソリーニに組閣を命じた。
こうして実質二年間の短いファシスト党の活動で、これまでで最年少の三十九歳のムッソリーニ首相が誕生した。 かれは国会に政府への全権委任を認めさせ、ファシズム大評議会を設置して党と政府の協議機関とし、 武装行動隊を国家の民兵組織に組み入れた。 翌年には、最大得票政党に議席の三分の二を与える新選挙法を制定し、二四年の選挙でファシスト党は議会の多数をにぎった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。