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金解禁 1930/01/11
〜 浜口内閣のもくろみ 〜
金解禁 → 経済安定/産業合理化 → 国際競争力アップ
taro's トーク
ああああああ
引用浜口・井上が、旧平価を選択した背後には、
政治的理由がひそんでいた。
もし新平価で解禁すれば、法律の改正を必要とする。
一八九七年(明治三〇)制定の貨幣法では、純金二分を一円とするときめられていたから、
この規定を変更しないことには、新平価解禁はできなかった。
ところが、浜口内閣は、田中内閣総辞職のあとをうけて成立した内閣であるから、
衆議院の勢力分野は前内閣時代と同じであり、民政党は第二党であった。
法律改正を議会に提案しても、政友会の反対で否決される恐れが十分あった。
旧平価解禁なら、たんに一九一七年(大正六)の金輸出禁止の大蔵省令を廃止するだけですむ。
むしろ、浜口民政党内閣は、金解禁を先にやってから、議会を解散して選挙にのぞんだほうが有利と判断していたのである。
中村政則 「昭和の歴史(2)」
P.236この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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