岩ノ坂もらい子殺し発覚
1930/04/13
養育費めあてに乳児をもらいうけては死なせる。 育ったら売る。 おそるべし岩ノ坂部落。
    
1930/04/13   岩ノ坂もらい子殺し発覚 (殺害41人/板橋の細民部落)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用4月、東京郊外の板橋町岩ノ坂で、41人ものもらい子殺しが発覚した。 同月13日、この地区に住む作業員の内縁の妻が、もらい子を誤って乳房で窒息死させたと医師のところを訪ねた。 死因に疑いを持った医師が板橋署に届け出たのがきっかけだった。
同署が調べてみると、岩ノ坂では1年間に30人の乳児の変死があった。 同署は同地区の大勢の人を取り調べ、おそるべき事件が明るみに出た。
同地区は貧しい人たちが集まっていたところで、多くの乳児がもらわれてきた。 この子たちの多くは、裕福な家庭の夫人・令嬢の不義の子だった。 当時は中絶が認められておらず、生まれてきた子は里子に出されるか産院などを通じ、養育費付きで他人に譲られた。 そうした乳児たちの行き先の1つが岩ノ坂だった。
赤子をもらった者は数日間は育てるが、食べ物を与えず殺してしまった。 育ったときは、男は鉱山に、女は遊郭に売っていた。
この事件の結末ははっきりしないが、罪を問われたのは1人だけだったという。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。