日本人僧侶殺害事件
1932/01/18
関東軍の企画・演出で、上海事変@の導火線に火がつけられた。
    
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1931/09/21   朝鮮軍、満州へ越境出動 (司令官:林銑十郎/統帥権侵犯)
1931/10/17   十月事件 (桜会によるクーデター未遂)
1931/10/24   国際連盟、満州撤兵勧告案可決
1931/11/10   溥儀、天津脱出 (→大連)
1931/12/10   国際連盟、満州問題調査委員会設置
1932/01/07   陸軍、満州独立の方針を関東軍参謀板垣征四郎に指示
1932/01/07   スチムソン・ドクトリン (米、満州事変を不承認)
1932/01/18   日本人僧侶殺害事件 (上海)
1932/01/28   上海事変@勃発
1932/03/01   満州国建国宣言
1932/04/29   上海爆弾テロ事件 (犯人:尹奉吉)
1932/05/05   上海停戦協定調印
1932/09/15   満州国承認 (日満議定書調印)
〜 関東軍参謀板垣大佐の依頼 〜
田中隆吉少佐が中国人を買収、日本人僧侶を襲撃させた → 日中対立 → 事変勃発
taro's トーク ああああああ
引用当時、上海駐在武官補佐官をしていた少佐田中隆吉は、戦後つぎのように発表している。 すなわち、十月上旬花谷から呼ばれて田中は奉天におもむき、板垣らに、 上海に事をおこすことによって満州問題から列国の目をそらすように要求された。 田中は関東軍から運動資金二万円、さらに鐘紡の上海出張所から一〇万円を借り、これによって上海に事をおこす準備工作をおこなった。 かの日蓮宗托鉢僧を狙撃した中国人も田中が買収したものである、といい、 また居留民をして陸海軍の派遣を政府に請願せしめるにも彼は大いに画策するところあったという。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。