上海停戦協定調印
1932/05/05
満州国建国の目的を達成し、上海の陽動作戦は終了した。
    
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1931/10/17   十月事件 (桜会によるクーデター未遂)
1931/12/10   国際連盟、満州問題調査委員会設置
1932/01/07   陸軍、満州独立の方針を関東軍参謀板垣征四郎に指示
1932/01/07   スチムソン・ドクトリン (米、満州事変を不承認)
1932/01/18   日本人僧侶殺害事件 (上海)
1932/01/28   上海事変@勃発
1932/03/01   満州国建国宣言
1932/04/29   上海爆弾テロ事件 (犯人:尹奉吉)
1932/05/05   上海停戦協定調印
1932/05/15   五・一五事件 (犬養首相暗殺)
1932/09/15   満州国承認 (日満議定書調印)
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あああ
taro's トーク ああああああ
引用政権の妨害にあいながらも、第一九路軍が勇敢に日本軍に抵抗した上海防衛戦の後、 蒋介石はおとなしく「上海停戦協定」に署名した。 中国政府は、その中で、中国軍をこの中国最大の都市から撤退させること、 および全国的に抗日運動を禁止することを侵略者に約束した。 政権は、このことを全国の激怒渦巻く抗議を無視して行なった(愛国的学生たちは、停戦会議の代表、 郭泰祺を怒りのあまり殴ったほどである)。 その後、この政府は態度を変えた。 彼らにとって本当に関心のあることに対しては、どうもうさを増してきた。 ―大衆運動に対する警察の弾圧、中国紅軍に対する軍事的鎮圧、 それに密偵と刺客による新しい団体、 「藍衣社」(ムッソリーニの黒シャツ隊やヒトラーの茶シャツ隊を意図的にまねたもの)の組織がそれらの現われであった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。