[詳細] 岡田内閣成立
1934/07/08
斉藤実に続いてまたも海軍から。 岡田啓介大将、中間内閣を組閣。
[事項]【内閣成立史】  
内閣総理大臣岡田啓介    
外務大臣広田弘毅    
内務大臣後藤文夫    
大蔵大臣藤井眞信高橋是清(町田忠治)  
 〜1934.11.27〜1936.02.27   
陸軍大臣林銑十郎川島義之   
 〜1935.09.05    
海軍大臣大角岑生    
司法大臣小原直    
文部大臣松田源治川崎卓吉   
 〜1936.02.02    
農林大臣山崎達之輔    
商工大臣町田忠治    
逓信大臣床次竹二郎(岡田啓介)望月圭介  
 〜1935.09.09〜1935.09.12   
鉄道大臣内田信也    
拓務大臣(岡田啓介)児玉秀雄   
 〜1934.10.25    
内閣書記官長河田烈吉田茂白根竹介  
 〜1934.10.20〜1935.05.11   
法制局長官金森徳次郎大橋八郎   
 〜1936.01.11    
1934/07/03   斉藤内閣総辞職
1934/07/04   西園寺公望、首相経験者・内大臣・枢密院議長と後継首相について協議
1934/07/04   岡田啓介に組閣命令
1934/07/07   鈴木(政友会)総裁、岡田内閣への入閣を拒否
1934/07/08   岡田内閣成立 (首相:岡田啓介
1934/10/01   陸軍パンフレット「国防の本義と其強化の提唱」発行
1935/01/22   斉藤隆夫、衆議院で陸軍パンフレットと軍事費偏重を非難
1935/02/19   天皇機関説問題 (菊池武夫、貴族院で天皇機関説を非難)
1935/07/15   真崎教育総監更迭 (後任:「統制派」渡辺錠太郎
1935/08/01   八・一宣言
1935/08/03   政府、国体明徴声明@
1935/08/12   相沢事件 (永田軍務局長斬殺)
1935/10/15   政府、国体明徴声明A (天皇機関説は国体に背くと明言)
1936/02/26   二・二六事件
1936/02/28   岡田内閣総辞職
1936/03/04   近衛文麿に組閣命令 (辞退)
1936/03/05   広田弘毅に組閣命令
1936/03/09   広田内閣成立 (首相:広田弘毅
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「岡田内閣」は「岡田啓介内閣」と同じ意味です。