ドイツ、再軍備宣言
1935/03/06
世界が恐れ、ドイツ国民が待ちに待った再軍備、ヒトラーが宣言。
    
1933/01/30   ヒトラー内閣成立 (独)
1933/03/23   ドイツ議会、全権委任法を可決 (ヒトラー独裁体制確立)
1933/10/14   ドイツ、ジュネーブ軍縮会議・国際連盟からの脱退を表明
1934/06/30   レーム事件 (ヒトラーレームらを粛清)
1934/08/02   ヒンデンブルク没 (ドイツ大統領)
1934/08/19   ヒトラー、首相と大統領を兼任
1935/01/13   ザール地方住民投票 (90%がドイツへの帰属を希望)
1935/03/06   ドイツ、再軍備宣言
1935/04/11   ストレーザ会談 (〜04/14/英・仏・伊)
1935/06/18   英独海軍協定調印
1935/10/21   ドイツ、国際連盟脱退
1936/03/07   ドイツ軍、ラインラント進駐
1936/07/18   スペイン内乱勃発 (〜39/03/28)
1936/08/01   ベルリン五輪開催 (〜08/16)
1936/10/25   イタリア外相チアノ、ベルリン訪問 (ローマ・ベルリン枢軸)
1936/11/25   日独防共協定調印
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用まず三月十日、ゲーリングが、ドイツ空軍の存在を公式にあきらかにした。 ついで十六日、ヒトラーは、ラジオ放送によってドイツにおける徴兵制の復活を宣言し、 同時にドイツ軍隊を三十六個師団、約五十万に増強する計画も発表した。 いうまでもなく、ヴェルサイユ条約は、ドイツに対して、空軍をもつことも、徴兵制を採用することも禁止していた。 だから、ヒトラーによってとられたこの措置は、ヴェルサイユ条約に対するまっこうからの挑戦にほかならなかった。
もちろん、ドイツはすでに二年来空軍の建設をすすめていたし、また、ヴェルサイユ条約の規定をこえた兵力の拡張もおこなっていた。 そしてそのことは、国外にもかなりよく知られていた。 しかし、ヒトラーがいまその事実を世界のまえにこれみよがしに公言し、 しかも徴兵制の実施にまでふみきったことは、やはり、大きな国際的波紋をまきおこさずにはおかなかった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。