英独海軍協定調印
1935/06/18
ヒトラーが、イギリスの優越感をくすぐりながら、対英35%、現状の4倍の海軍力を認めさせた。
    
1933/01/30   ヒトラー内閣成立 (独)
1933/03/23   ドイツ議会、全権委任法を可決 (ヒトラー独裁体制確立)
1933/10/14   ドイツ、ジュネーブ軍縮会議・国際連盟からの脱退を表明
1934/06/30   レーム事件 (ヒトラーレームらを粛清)
1934/08/02   ヒンデンブルク没 (ドイツ大統領)
1934/08/19   ヒトラー、首相と大統領を兼任
1935/01/13   ザール地方住民投票 (90%がドイツへの帰属を希望)
1935/03/06   ドイツ、再軍備宣言
1935/04/11   ストレーザ会談 (〜04/14/英・仏・伊)
1935/06/18   英独海軍協定調印
1935/10/21   ドイツ、国際連盟脱退
1936/03/07   ドイツ軍、ラインラント進駐
1936/07/18   スペイン内乱勃発 (〜39/03/28)
1936/10/25   イタリア外相チアノ、ベルリン訪問 (ローマ・ベルリン枢軸)
1936/11/25   日独防共協定調印
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あああ
taro's トーク ああああああ
引用「ストレーザ戦線」の結成からわずか二ヵ月後の一九三五年六月十八日、ロンドンで英独間に海軍協定が調印された。 この協定は、ドイツに対し対英三五パーセントの艦隊の保有をみとめたものであった。 また潜水艦については、対英六〇パーセント、非常の場合にはイギリスと同等の艦数の保有もみとめていた。 ヴェルサイユ条約は、その第五条において、ドイツの保有できる海軍力を一万五〇〇〇トンに制限し、潜水艦の建造は、 これをいっさい禁止していた。 したがって、いまイギリスが右のような海軍協定をドイツとのあいだにむすんだことは、 とりもなおさず、イギリスがみずからヴェルサイユ条約の軍縮条項の死滅をみとめたことにひとしかった。
【中略】
ヒトラーは、この協定によって「ストレーザ戦線」に大きな風穴をあけることができた。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。