アメリカ議会、中立法可決
1935/08/31
ヨーロッパの戦争に巻き込まれるのはもうこりごり。 孤立主義のアメリカで中立法が成立した。
    
1935/03/06   ドイツ、再軍備宣言
1935/08/31   アメリカ議会、中立法可決
1939/09/01   ドイツ軍、ポーランド侵攻開始 (第二次世界大戦勃発)
1939/09/03   英仏、対独宣戦布告
1939/09/05   アメリカ、中立宣言
1939/11/03   F・ルーズベルト(米)大統領、中立法修正案に署名
1940/05/10   ドイツ軍、西部戦線に総攻撃開始
1940/06/22   フランス(ペタン政府)降伏
1940/12/29   F・ルーズベルト(米)大統領、「民主主義国の兵器廠」宣言
1941/03/11   F・ルーズベルト(米)大統領、武器貸与法に署名
1941/08/02   アメリカ、対ソ経済援助開始
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用アメリカは、一九三五年(昭和十年)に中立法を制定していた。 これは、大統領が外国間の戦争状態が存在すると認めたとき、あるいは内乱が重大化したとき、交戦国や内乱国に、 武器または軍需物資の輸出を禁止するという法律で、スペイン内乱にまず適用され、 この年の五月に修正強化されたものである。 もしこの法を発動すれば、日本はアメリカから鉄その他を輸入できなくなる。
日本が、じっさいには戦争であるにもかかわらず「日支事変」と呼んで、宣戦布告しなかった理由の最大のものは、 この法があるためだった。
アメリカ国内の世論は、日本軍の侵略に対する非難の声が強かった。 中立法を発動すべし、とルーズベルト大統領に迫る下院議員もいたし、上院ではルイス議員が決議案を提出した。
しかし、ルーズベルトは中立法を発動しようとしなかった。 その理由を、国務長官のハルが代わって弁明した。
「中立法は、交戦国双方への武器などの輸出を禁じている。 この場合、より大きな不利益を蒙るのは、武器を国産としている日本よりも、アメリカから輸入している中国である」
中国のために、とハルはいうのだが、じっさいは、アメリカの対日貿易額は、全ヨーロッパの二倍であるという現実のせいだった。 アメリカの資本家にとって、大口の輸出先である日本を失うことは、決して得策ではなかったのだ。 ルーズベルトといえども、かれらの意向を無視することはできなかった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。