陸軍(陸相予定者寺内寿一)組閣干渉 1936/03/06
taro's トーク
ああああああ
代って組閣を命じられたのは、外相の広田弘毅だった。
広田はこれを受諾して、組閣に乗り出したが、閣僚メンバーについて、陸相寺内寿一をはじめとする陸軍側から激しい横槍が入った。
外相候補の吉田茂ら五人の入閣予定者が自由主義的で、時局を乗り切るには、不適当であるというのが、
陸軍側の主張だった。
陸軍側の政治干渉は従来になく強硬なものだったため、広田はやむなく吉田を除外するなど、閣僚の顔ぶれを変更して、
組閣にこぎつけた。
柳田邦男 「マリコ」
P.53この本を入手
「あなたの時局認識は、多分に疑問なところがある。
これでは組閣には同調しがたい」と述べたてた。広田は、押し返した。
「陸軍だけの判断で、時局認識うんぬんといわれるのは困る。
それに具体的な政策については、内閣ができたあと、全閣僚が協議していくのが当然だ。
不平不満、批判があるならば、その折にははっきりしてもらいたい」
「いや、そうはいっても、最初から疑義のある内閣に、私は入閣できがたい。
これは私一人の意見ではなく、陸軍の総意だ」
「この未曾有の重責に任ずべき新内閣は、内外にあたり時弊の根本的刷新、国防充実など、
積極的強力国策を遂行せんとする気魄と、実行力とを有することが絶対に必要であって、
依然として自由主義的色彩を帯び、現状維持または消極的政策により、妥協退嬰をこととするがごときものであってはならない。
積極政策により国政を一新することは、全軍一致の要望であって、
妥協退嬰は時局を収拾するゆえんにあらずして、かえって事態を紛糾せしむるのみならず、
将来大なる禍根を残すものというべきである」
【中略】
陸軍の要求とはなんであるのか。武藤章中佐がその何人かの名前の上に赤線を引っ張った。
つまりそれらの人々は入閣させるなということであった。
―陸軍側では組閣名簿を手にして、
広田の組閣参謀たちは、やがてこの陸軍の意向を知った。
一、牧野の女婿吉田茂を外相に起用せんとすること。
一、自由主義の急先鋒である朝日新聞の下村を、入閣せしめんとすること。
一、川崎卓吉のごとき党人を、内相にすえんとすること。
一、小原直のごとき国体明徴の観念に異議のある者を、入閣せしめんとすること。
一、中島知久平のごとき軍需産業に関係のある者を、入閣せしめんとすること。
入閣予定者を五名まで拒否されて、広田は、見るも無残な情けない顔つきになった。
「やむを得ない。これらの諸君には、私としては辛いことだが、涙をのんでもらわねばならない」
―消えいるような声でいった。具体的な陸軍の人事案をのんだにもかかわらず、陸軍はなおも横車を押してきた。
政友、民政から、それぞれ二名ずつ入閣を予定していたのを、一名に減らせというのであった。
広田は、それをも承知した。
陸軍に対して、屈服につぐ屈服を重ねてできあがった広田内閣は ―その後のことになるが、
政治史的には取り返しのつかない、大きな失敗を重ねることになる。
それは軍務大臣の任用令の改正である。
戸川猪佐武 「小説 吉田茂」
P.92この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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