岡田内閣総辞職
1936/02/28
二・二六事件のさ中、岡田首相死亡が伝えられ、主なき内閣が総辞職。
    
1934/07/03   斉藤内閣総辞職
1934/07/08   岡田内閣成立 (首相:岡田啓介
1934/10/01   陸軍パンフレット「国防の本義と其強化の提唱」発行
1935/01/22   斉藤隆夫、衆議院で陸軍パンフレットと軍事費偏重を非難
1935/02/19   天皇機関説問題 (菊池武夫、貴族院で天皇機関説を非難)
1935/07/15   真崎教育総監更迭 (後任:「統制派」渡辺錠太郎
1935/08/01   八・一宣言
1935/08/03   政府、国体明徴声明@
1935/08/12   相沢事件 (永田軍務局長斬殺)
1935/10/15   政府、国体明徴声明A (天皇機関説は国体に背くと明言)
1936/02/26   二・二六事件
1936/02/27   東京に戒厳令
1936/02/28   岡田内閣総辞職
1936/02/29   戒厳司令部、「兵に告ぐ」ラジオ放送
1936/02/29   戒厳部隊、討伐行動開始 (→反乱軍帰順)
1936/03/04   近衛文麿に組閣命令 (辞退)
1936/03/05   広田弘毅に組閣命令
1936/03/06   陸軍(陸相予定者寺内寿一)組閣干渉 (自由主義者の排除を要求)
1936/03/09   広田内閣成立 (首相:広田弘毅
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あああ
taro's トーク ああああああ
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「岡田内閣」は「岡田啓介内閣」と同じ意味です。