林長二郎(のちの長谷川一夫)、暴漢に顔を切られる
1937/11/12
二枚目スターは顔が命。その顔に長さ12センチの傷。 移籍問題はここまでこじれていた。
    
1927/03/21   映画「稚児の剣法」封切 (林長二郎デビュー作)
1932/08/12   鞄結桾塚劇場設立 (社長:小林一三/→東宝)
1937/09/10   東宝映画叶ン立
1937/11/12   林長二郎(のちの長谷川一夫)、暴漢に顔を切られる
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用一一月一二日夜、人気俳優・林長二郎が、『源九郎義経』のスチール写真を撮影した帰途、 左顔面を耳下から鼻の下にかけて、斜めに切りつけられた。 凶器はかみそり状の刃物で、傷は長さ一二センチ、幅一センチ、骨膜に達する重傷だった。
長二郎は付き人が止めるのもきかず、「私は俳優です。鏡を見せてください」と俳優部屋に駆け込み、 その後、病院で手当てを受けた。
犯人は元運転手。この秋、長二郎が松竹から東宝に移籍したことから、 新興キネマ京都撮影所長らに教唆され、犯行におよんだものと判明した。
事件後、林長二郎はこの名を松竹に返し、本名の長谷川一夫を名乗るようになった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。