参謀本部、トラウトマン工作打切りに反対
1938/01/15
ねえ、もっと和平工作を続けようよ。 参謀本部の主張に、政府逆ギレ。
    
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1937/07/11   盧溝橋事件現地停戦協定成立
1937/07/11   日本政府、華北への派兵を声明 (盧溝橋事件)
1937/07/28   日本軍、総攻撃開始 (華北)
1937/08/13   上海事変A
1937/08/15   日本政府「断固たる措置」声明
1937/08/15   全国総動員令 (総司令:蒋介石
1937/09/23   国共合作A成立
1937/11/02   トラウトマン工作開始 (38/01/16 打切り)
1937/11/20   中国国民政府、重慶遷都宣言
1937/12/13   南京占領
1937/12/13   南京虐殺事件
1938/01/11   御前会議、トラウトマン工作打切りを決定
1938/01/15   参謀本部、トラウトマン工作打切りに反対
1938/01/15   吉本興業の慰問団「わらわし隊」第1陣など、中国へ出発
1938/01/16   政府、中国にトラウトマン工作打切りを通告
1938/01/16   近衛声明@ (国民政府を相手にせず)
〜 政府 vs 参謀本部 〜
多田参謀次長 :このチャンスを逃せば、長期戦になる。交渉を続けよう。
広田外相 :中国側に誠意がない。これ以上は無駄だ。外相の判断を信じないのか。
米内海相 :統帥部が外相を信用しないなら、政府は総辞職するしかないぞ。
taro's トーク まるでわらしべ長者のお話のように、盧溝橋の“謎の銃弾”は局地的な武力紛争になり、日中全面戦争になり、泥沼化する。 この泥沼化した日中戦争こそがアメリカとの関係悪化の、そして太平洋戦争の根源だとtaroは考えている。 taroと同じように考える人は誰もが、ああ、このとき政府が参謀本部の意見を容れて、和平工作を続けていれば、と思うだろう。 その裏返しで、和平工作継続論を積極的に叩きつぶした人たちへの憎悪をtaroは抑えられない。 広田外相米内海相は道理よりも恫喝によって、多田駿参謀次長の主張を退けた。 そして、多田の予測どおり、日中戦争は長期戦化し、泥沼化したのだ。 ちなみに、阿川弘之の「米内光政」では、このへんの事情はまったく触れられていない。 広田弘毅を主人公にした、城山三郎の「落日燃ゆ」では、まるで参謀本部が悪いかのごとく書かれている。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。