ドイツ、オーストリア併合
1938/03/13
ドイツに脅され、英仏伊に見捨てられて、独立国オーストリア消滅。
    
1933/01/30   ヒトラー内閣成立 (独)
1933/03/23   ドイツ議会、全権委任法を可決 (ヒトラー独裁体制確立)
1934/08/19   ヒトラー、首相と大統領を兼任
1935/03/06   ドイツ、再軍備宣言
1935/06/18   英独海軍協定調印
1935/10/21   ドイツ、国際連盟脱退
1936/03/07   ドイツ軍、ラインラント進駐
1936/10/25   イタリア外相チアノ、ベルリン訪問 (ローマ・ベルリン枢軸)
1936/11/25   日独防共協定調印
1938/02/04   ヒトラー、統帥権掌握 (国防相、陸軍司令長官を解任)
1938/02/20   イーデン(英)外相辞任 (対伊宥和政策に抗議/後任:ハリファックス)
1938/03/13   ドイツ、オーストリア併合
1938/09/29   ミュンヘン会談
1938/09/30   ミュンヘン協定 (ドイツへのズデーテン割譲を決定)
1938/10/01   ドイツ軍、ズデーデン進駐
1939/03/16   ヒトラー、ボヘミア・モラビアの保護国化宣言 (チェコ解体)
1939/03/21   ドイツ、ポーランドにダンチヒ割譲を要求 (03/26 ポーランド拒否)
1939/03/23   ドイツ、メーメル(リトアニア)併合
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用一九三八年二月十二日、ヒットラーはオーストリア首相クルト・フォン・シュシュニックを、 バイエルンのベルヒテスガーデンにある山荘によびよせ、長時間にわたって毒説をぶった。 シュシュニックが第二次世界大戦後の一九四七年に公刊した著書『オーストリア鎮魂曲』の中から、当時の模様を拾ってみよう。 ヒットラーはいう。
わたしはただ命令を下すだけのことだ。そしてたった一晩で、貴下の滑稽な防衛機構全体がこなごなに砕かれてしまうのだ。 貴下は、三十分間わたしを停止させるとか、または遅延させることができるなどと、真剣に信じますまいね。 地上の何ひとつとして、わたしの決定を妨げているものがあるなどと、金輪際考えてはならない。 イタリアはどうだって? わたしはムッソリーニとは目と目を合わす仲だ。 ・・・・・・そして、イギリスはどうだって? イギリスはオーストリアのために一指も動かさないだろう。 ・・・・・・そしてフランスはどうだって? そうだ、三年まえ、われわれはひとにぎりの部隊でラインラントに行進したが、 そのときは、わたしが万事につけ冒険をやっていたときだった。 当時もしフランスがわれわれを制止したら、われわれは退却したことだろう。 ・・・・・・しかし、いまはもうフランスはおそすぎるのだ。
引用ヒトラーは、一九三六年夏にオーストリアと協定をむすんで以来、 これを手だてとしてこの国への圧力をつよめていた。 これに対し、オーストリア首相のシューシュニクは、できるだけ回避的な態度をとっていたが、 一九三八年はじめになると、両国間の緊張は、もはやそうしたやりかたを許さぬほど高まった。 そこで二月十二日に、シューシュニクはみずから南ドイツのベルヒテスガーデンの山荘にヒトラーをたずね、 なんとか彼とのあいだに諒解をとりつけようとする。
しかし、これは逆効果だった。 ヒトラーの威嚇のまえに、シューシュニクは、ベルヒテスガーデンでかえって重大な譲歩をさせられてしまった。 すなわち、オーストリア・ナチスの指導者ザイス=インクヴァルトをただちにオーストリア政府の内相に任命することや、 オーストリア・ナチスを合法化し、とらえられているすべてのナチス党員を釈放することなどを約束させられたのだ。
こうして、オーストリアの独立は、風前のともしびとなった。 しかし、シューシュニクは最後の努力をあきらめない。 三月九日、彼はつぎのような計画を発表した。 すなわち、きたる十三日にオーストリアの独立を支持するかどうかを、国民投票にかけて問おうというのである。 これは、あきらかにヒトラーの合邦政策に対するシューシュニクの挑戦であった。
この報をうけとったヒトラーが激怒したことは、いうまでもなかろう。 彼は、国防軍にむかってオーストリア進駐の準備を命令した。 そしてオーストリア政府に対しては、最後通牒のかたちで国民投票の延期をもとめ、 さらにシューシュニクにかえてザイス=インクヴァルトを首相に任命することを要求した。
いったんは抵抗の姿勢をしめしたオーストリア政府であったが、 このようなヒトラーの強硬な態度に直面しては、もはや戦うすべを知らない。 ついに十一日の夜半にいたって、オーストリア大統領のミクラスは、ザイス=インクヴァルトを首相に任命した。 そして翌十二日早暁、ドイツ軍隊は、この新首相の要請によると称して、オーストリア領土に無血のうちに進駐したのである。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。