西尾末広「スターリンの如く大胆に」発言
1938/03/16
近衛首相を励まして、クビになった西尾末広って、やっぱ ○?
    
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1937/08/13   上海事変A
1937/09/23   国共合作A成立
1937/11/02   トラウトマン工作開始 (38/01/16 打切り)
1937/12/13   南京占領
1938/01/16   政府、中国にトラウトマン工作打切りを通告
1938/01/16   近衛声明@ (国民政府を相手にせず)
1938/03/03   佐藤賢了中佐「黙れ」発言 (衆議院国家総動員法案委員会)
1938/03/16   西尾末広「スターリンの如く大胆に」発言 (03/23 議員除名)
1938/04/01   国家総動員法公布
1938/04/06   電力管理法公布
1938/06/09   勤労動員開始 (文部省「集団的勤労作業運動実施に関する件」)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用三月二十四日衆議院本会議でちょっとしたハプニングが起きた。 社会大衆党代議士西尾末広は、賛成演説に立ったとき、
「日本は未曾有の変革を為さんとしております。 明治天皇の五ヶ条の御誓文の中にも『旧来の陋習を破り、天地の公道に基くべし』と記されております。 近衛首相はこの精神をしっかりと把握されまして、もっと大胆率直に日本の進むべき道はこれであると、 かのヒトラーの如く、ムッソリーニの如く、あるいはスターリンの如く大胆に進むべきであると思うのであります」
と演説し、日本が全体主義国家的な道をとるべきことを主張した。 しかし、共産主義ソビエトの指導者スターリンを手本にせよというのは怪しからん、というので西尾は懲罰委員会にかけられ除名された。 (翌年の補欠選挙で返り咲くことになる)
引用昭和一三年三月一七日には、 近衛内閣が提出した国家総動員法案に対する討議中、 社会大衆党の西尾末広議員が演説の中で「ムッソリーニの如く、 ヒットラーの如く、スターリンの如く」勇往邁進すべし と近衛を激励したことが問題となって、二三日には同議員が議員を除名されるという事件がおこっている。 この事件は、政民両党が軍部の強い圧力で、 結局しぶしぶながら国家総動員法案賛成を表明せねばならぬ場面に追い込まれていたのに対し、 社会大衆党は当初から積極的に法案に賛成し、ひとり近衛内閣の与党の如く振舞ったので、 政民両党が言葉尻をとらえてその報復を試みたものといってよいであろう。 社大党は国家総動員法を「社会主義の模型」ととらえていたのである。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。