ソ連軍、ポーランド東部に侵攻開始
1939/09/17
ドイツとの秘密協定に基づいて、スターリン、戦うポーランドの背中に食いついた。
    
1939/03/21   ドイツ、ポーランドにダンチヒ割譲を要求 (03/26 ポーランド拒否)
1939/08/23   独ソ不可侵条約締結
1939/09/01   ドイツ軍、ポーランド侵攻開始 (第二次世界大戦勃発)
1939/09/03   英仏、対独宣戦布告
1939/09/17   ソ連軍、ポーランド東部に侵攻開始
1939/09/27   ワルシャワ陥落
1939/11/03   ソ連軍、フィンランド侵攻開始 (ソ・フィン戦争勃発)
1940/04/09   ドイツ軍、ノルウェー侵攻開始
1940/04/09   ドイツ軍、デンマーク無血占領
1940/05/10   ドイツ軍、西部戦線に総攻撃開始
1940/05/27   イギリス軍、ダンケルク撤退開始 (06/04 撤退完了)
1940/06/10   イタリア、英仏に宣戦布告
1940/06/14   ドイツ軍、パリ入城
1940/06/17   ソ連軍、エストニア・ラトビア両国に進駐
1940/06/22   フランス(ペタン政府)降伏
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用対ポーランド戦の過程で、ヒトラーは、はやくからソヴェートのポーランドへの共同介入をせまった。 つまり、独ソ不可侵条約の秘密付属議定書のとりきめにしたがってポーランドを分割すべく、 ソヴェートもまた軍をすすめるようにと、くりかえし要求したのだった。
なぜヒトラーは、このようにソヴェートの早期介入を欲したのだろうか。 ヒトラーとしては、独ソの軍事協力の態勢を英仏に印象づけて、西方諸国にポーランドへの援助を断念させようとしたのである。
だが、肝心のソヴェート政府は、ポーランドに介入するために適当な口実をみつけだすのに苦しんだ。 そこで、たとえば九月十四日には、ソヴェート外相モロトフは、ソヴェートが介入する口実として、 ドイツのポーランド攻撃の行為を非難してもよいか、とドイツ側に問いあわせた。 この奇妙な問いあわせに対し、ドイツ外相リッベントロップは、ソヴェートの軍事作戦は歓迎するが、 そのためにドイツを非難するのはもってのほかだと回答した。
結局、ソヴェートは、ソヴェートみずからの権益とポーランド内部のウクライナ人およびロシア人の権益を擁護する必要があるという理由をもとに、 九月十七日にポーランドに軍をすすめ、四十八時間以内にドイツ軍と接触するところまで達した。
こうして東西両方からの独ソの侵略にあって、ポーランドという国家は消滅する。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。