ドイツ軍、ポーランド侵攻開始
1939/09/01
電光石火のドイツ軍、国境線を突破。 ついに戦端がひらかれた。
    
1938/09/30   ミュンヘン協定 (ドイツへのズデーテン割譲を決定)
1939/03/16   ヒトラー、ボヘミア・モラビアの保護国化宣言 (チェコ解体)
1939/03/21   ドイツ、ポーランドにダンチヒ割譲を要求 (03/26 ポーランド拒否)
1939/03/23   ドイツ、メーメル(リトアニア)併合
1939/08/12   英仏ソ3国軍事協定交渉開始 (〜08/21/モスクワ)
1939/08/23   独ソ不可侵条約締結
1939/09/01   ドイツ軍、ポーランド侵攻開始 (第二次世界大戦勃発)
1939/09/03   英仏、対独宣戦布告
1939/09/17   ソ連軍、ポーランド東部に侵攻開始
1939/09/27   ワルシャワ陥落
1939/11/03   ソ連軍、フィンランド侵攻開始 (ソ・フィン戦争勃発)
1940/04/09   ドイツ軍、ノルウェー侵攻開始
1940/04/09   ドイツ軍、デンマーク無血占領
1940/05/10   ドイツ軍、西部戦線に総攻撃開始
1940/06/22   フランス(ペタン政府)降伏
1941/06/22   独ソ戦開始
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用一九三九年九月一日払暁、ドイツ国境方面からきこえてくる砲弾の炸裂音を、ポーランド人は、 晩夏の雷鳴の音とききちがえることはなかった。 そんなまちがいをおかす余地のないほど、すでに国際関係は緊張しきっていた。 快晴のその朝、西空にはしる閃光は、ポーランド人にとってただひとつのことを意味した。 すなわち、ヒトラーによってついにポーランド攻撃の火ぶたが切られたのである!
ドイツのポーランド進撃は、宣戦布告なしに開始された。 九月一日の国会演説で、ヒトラーはつぎのように述べる。
「昨夜、ポーランド正規兵がわれわれの領土にむかって砲火をはなった。 午前五時四十五分以後、われわれも撃ちかえしているし、これからさきは、爆弾に対しては爆弾をもってこたえるつもりである」
もちろん、ポーランド兵がドイツを攻撃してきたというのは、ヒトラーのつくりごとであった。 なるほど、八月三十一日の晩に、ポーランド国境ちかくのグライヴィッツの放送局が、 ポーランド兵によって占拠されるという事件があった。 しかし、これはヒトラーによってしくまれた芝居だったのである。 ポーランド兵とみせかけたのは、実は、あらかじめポーランド軍の制服を着せられたナチスの親衛隊員だった。 この芝居にはたいへん念がいっていて、放送局のそばには、射殺された強制収容所の死刑囚の死体が、 ポーランド兵のごとくみせかけてころがされているというぐあいだった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。