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阿部内閣成立 1939/08/30
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用後任の首相は陸軍がかつぎ出した阿部信行陸軍大将にきまり、
板垣陸相は陸軍を代表して少数閣僚制でゆくことを要望。
阿部内閣の発足がそれまでの内閣交替劇にくらべて異質なのは、陸軍側が後任陸相として
多田駿か磯谷廉介を推薦しようとし、新聞にもほぼ確定的に伝えられたのが、
一転して侍従武官長の畑俊六の起用にきまったこと、発足時の閣僚は陸軍の希望どおり、
わずか十二名、前内閣からの留任者が一人もないことである。
政治の面目一新が要求されていたのである。
総理の信任の時に、陛下は陸軍の非常によくないことをつくづく慨歎された後で、 「新聞に伝えるような者を大臣に持って来ても、自分は承認する意思はない」と仰せられ、 極めて厳粛な御態度で、「どうしても梅津か畑を大臣にするようにしろ。 たとえ陸軍の三長官が議を決して自分の所に持って来ても、自分にはこれを許す意思はない。 なお政治は憲法を基準にしてやれ。 外交は英米を利用するのが日本のためにいいと思う。 それからこの際であるから、ことに内務、司法、外務、大蔵の閣僚の選任については、 自分は深く関心をもつ」と仰せられた。 陛下のお考えでは陸軍大臣に御自分の思う者をお置きになって、 総理と協力してどうしても徹底的に陸軍の革正をしなければ、外交も内政も駄目だ、と深くお感じになったからである。 澤地久枝 「暗い暦」
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※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「阿部内閣」は「阿部信行内閣」と同じ意味です。 |