平沼内閣総辞職
1939/08/28
複雑怪奇の迷言を残して、3国同盟問題に明け暮れた平沼内閣退陣。
    
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1939/01/04   近衛内閣@総辞職
1939/01/05   平沼内閣成立 (首相:平沼騏一郎
1939/05/12   ノモンハン事件 (第23師団独断でソ連軍と戦闘)
1939/07/26   アメリカ、日米通商航海条約の廃棄を通告 (40/01/26 失効)
1939/08/23   独ソ不可侵条約締結
1939/08/25   3国同盟交渉打切りを閣議決定
1939/08/28   平沼内閣総辞職 (欧州の天地は複雑怪奇)
1939/08/30   阿部内閣成立 (首相:阿部信行
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク 敵の敵が味方であるのと同様に、あるいはそれ以上に、味方の敵は敵であるはず。 ところが、ドイツは、日本がノモンハンでソ連と戦っているとき、そのソ連と電撃的に手を結んだ。 防共協定の存在も、同盟強化をしきりと持ちかけていたことも、まるでなかったかのように。 その衝撃を、平沼騏一郎氏は「複雑怪奇」と表現し、この言葉は流行語にまでなった。 平沼内閣の唯一の功績は、taroの考えでは、複雑怪奇なものを「複雑怪奇」と認識したことだ。 ところが、せっかく認識できたのに、その複雑怪奇なものに、その後またのこのこと近づき、うまうまと飲みこまれてしまった。 そんな日本も、taroにとっては「複雑怪奇」だ。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「平沼内閣」は「平沼騏一郎内閣」と同じ意味です。