ドイツ軍、デンマーク無血占領
1940/04/09
無抵抗主義のデンマーク、ドイツ軍もびっくりの悠々無抵抗降伏。
    
1939/03/21   ドイツ、ポーランドにダンチヒ割譲を要求 (03/26 ポーランド拒否)
1939/08/23   独ソ不可侵条約締結
1939/09/01   ドイツ軍、ポーランド侵攻開始 (第二次世界大戦勃発)
1939/09/03   英仏、対独宣戦布告
1939/09/17   ソ連軍、ポーランド東部に侵攻開始
1939/09/27   ワルシャワ陥落
1939/11/03   ソ連軍、フィンランド侵攻開始 (ソ・フィン戦争勃発)
1940/04/09   ドイツ軍、ノルウェー侵攻開始
1940/04/09   ドイツ軍、デンマーク無血占領
1940/05/10   ドイツ軍、西部戦線に総攻撃開始
1940/05/27   イギリス軍、ダンケルク撤退開始 (06/04 撤退完了)
1940/06/10   イタリア、英仏に宣戦布告
1940/06/14   ドイツ軍、パリ入城
1940/06/17   ソ連軍、エストニア・ラトビア両国に進駐
1940/06/22   フランス(ペタン政府)降伏
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用王宮の外で銃声がわき起こった。
ドイツ軍部隊が桟橋から隊伍を組んで行進してきたので、王宮警衛兵が発砲し、独軍が応射したのである。
国王クリスチャン十世は、直ちに発砲停止を命じ、受命した警衛兵は静かにドイツ側に歩み寄って申告した。
「失礼だが、当方は戦闘を中止します。 国王陛下のご命令が下りましたので」
隊長は、眼をむくドイツ兵の前で背をむけ、再び閲兵式なみの歩調でひき返した。
ドイツ軍部隊はぞろぞろと王宮に入り、数人を要所に配置すると、近くの陸軍本部にむかい、 同様の占領措置をとって次の目標にすすみ、容易に首都管制作戦を実施した。
引用午前七時すぎ、国王の名による停戦命令が放送された。
早朝のラジオ放送で事態を知ったユトランド地方のデンマーク市民は、次々に半旗をかかげ、窓を閉じてドイツ軍部隊の進駐に背をむけた。
首都コペンハーゲンは、平静のままに四月九日の朝をむかえた。
市民たちもラジオで異変を承知していたが、それ以上の事情はわからず、 平日どおりに職場に出動した。
首都を制圧したドイツ軍は、わずか一個大隊である。 街には、王宮を中心とする区域に戦車、装甲車、少数のドイツ兵が点在するだけである。
所々に、デンマークはドイツの占領下にある、しかし、独立と自由は保障される、抵抗は流血を招く、 といった趣旨のドイツ軍指揮官の布告が貼付されていた。
ちらと横眼で一べつして通りすぎる者、立ちどまって熟読する者など、 市民男女の反応の態様はさまざまであったが、ドイツ軍にたいしても事態の急変にたいしても、 無関心に似た冷静さを維持する点については、デンマーク国民は一致していた。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。