ユーゴ、反独クーデター
1941/03/27
ユーゴ、ヒトラーソ連侵攻を遅らせる価値あるレジスタンス。
    
1940/05/10   ドイツ軍、西部戦線に総攻撃開始
1940/06/22   フランス(ペタン政府)降伏
1940/09/27   日独伊三国軍事同盟調印
1940/10/12   ヒトラー、英本土上陸作戦(あしか作戦)中止を決定
1940/12/18   ヒトラー、ソ連侵攻作戦(バルバロッサ作戦)準備を指令
1941/03/25   ユーゴ、日独伊三国軍事同盟に調印
1941/03/27   ユーゴ、反独クーデター
1941/03/27   松岡・ヒトラー会談
1941/04/06   ドイツ軍、ユーゴ・ギリシア侵攻開始
1941/04/23   ギリシア軍、ドイツに降伏
1941/05/10   ヘス事件
1941/06/22   独ソ戦開始
1941/06/27   人民解放パルチザン部隊創設 (ユーゴ/司令官:チトー
1941/10/02   ドイツ軍、モスクワ攻略作戦(台風作戦)発動
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1941/12/08   ヒトラー、モスクワ攻撃放棄を指令 (撤退開始)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用三月二十七日
まず午前十一時に日独外相会談がおこなわれたが、その一時間半前、午前九時三十分、ヒトラーは意外な報告をうけた。
「三国同盟」参加が発表されたあと、ユーゴ国内の各地で反対運動が展開されているとのニュースが伝えられていたが、 前夜、首都ベオグラードで空軍によるクーデターが発生した。
摂政パウルとツベトコヴィッチ内閣は倒れ、未成年(十七歳)の国王ペテル二世が「成年に達した」旨が宣言され、 次いでその即位が発表された、というのである。
【中略】
・・・・・・新首相には“共産主義者”とみられる空軍司令官D・シモヴィッチ中将が就任し、直ちに組閣した。
・・・・・・ドイツ領事館にデモ隊がおしかけ、ドイツ旅行社の事務所は破壊された。 スウェーデン公使館員がドイツ人と誤認されてデモ隊に襲われ、負傷した。
・・・・・・英国領事館、米国領事館も襲撃され、いずれも国旗が引き裂かれた。
・・・・・・デモ隊は『赤旗の歌』をうたっている。
・・・・・・新政府は「三国同盟」加盟は批准せず、代わりに不可侵条約をドイツと結ぶ意向を表明している。
【中略】
「これは明白な裏切りだ。だが、敵がいま素顔をさらけだしてくれたのは、われわれにとっては好都合だ」
【中略】
対ギリシャ作戦『マリタ』や対ソ作戦『バルバロッサ』が発動されたあとでユーゴに内紛が発生しては、 後方を脅かされて両作戦に影響をうける。 いまのほうが処理しやすい、との表意である。
「ユーゴは膺懲されねばならない。いや、抹殺しておくべきだ」
ヒトラーの双眼に暗い怒りの炎が燃えあがり、主要幹部会議の招集が指示された。
引用ヒトラーは、ユーゴ作戦を電撃的に遂行するには強力な兵力の投入が必要になる、と指摘して、言明した。
「このため、『バルバロッサ』作戦は四週間ほど延期せねばならないだろう」
会議の前に協議した統帥局長ヨードル大将の献策による発言であったが、この作戦延期命令は、 のちに対ソ戦だけでなくナチス・ドイツの命運を左右する誤判断として回顧される。
四週間の延期は、例年よりも早いソ連の冬期の訪れと連結して独軍の敗北をさそい、ひいてはドイツの敗戦の主因になるからである。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。