連合国共同宣言
1942/01/01
ファシズムと戦う26ヵ国が結束を誓った。
    
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1939/09/01   ドイツ軍、ポーランド侵攻開始 (第二次世界大戦勃発)
1939/09/03   英仏、対独宣戦布告
1940/05/10   ドイツ軍、西部戦線に総攻撃開始
1940/06/22   フランス(ペタン政府)降伏
1940/09/27   日独伊三国軍事同盟調印
1941/06/22   独ソ戦開始
1941/08/14   大西洋憲章 (米英共同宣言)
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1941/12/11   独伊、対米宣戦布告
1942/01/01   連合国共同宣言 (26ヵ国/単独不講和など)
1943/01/14   カサブランカ会談 (〜01/25)
1943/07/10   連合軍、シシリー島上陸 (ハスキー作戦)
1943/09/08   イタリア、無条件降伏
1943/11/22   カイロ会談 (〜11/26)
1943/11/27   カイロ宣言
1943/11/28   テヘラン会談 (〜12/01)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用もっとも重要なことは、米英ソの三大国が第二次大戦の戦争目標そのものに関しても、協力の姿勢をしめしたことである。 一九四二年一月一日、これら三大国をはじめとして、当時枢軸国と交戦状態にあった二十六ヵ国の代表がワシントンにあつまり、 「国際連合の声明」(連合国共同宣言)なるものに署名した。 この声明は、前年八月にローズヴェルトチャーチルによって発表されていた大西洋憲章の諸原則(領土不拡大、軍備の縮小、 平和機構の再建など)への信奉を誓うとともに、交戦各国が全力をあげて枢軸国と戦い、 単独の休戦や講和はむすばないことを確認しあったものであった。 ちなみに、このとき枢軸国と戦っている国々を「国際連合」とよんだのは、 ローズヴェルトの発案であるが、これがそのまま、第二次大戦後も国際平和維持機構の名前として、 もちいられているのである。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。