ミッドウェー海戦についての大本営発表
1942/06/10
大敗を「勝利」と発表。 このときから大本営は「大本営発表」をするようになった。
    
1942/06/05   ミッドウェー海戦 (〜06/07)
1942/06/08   日本軍、アッツ島上陸
1942/06/10   ミッドウェー海戦についての大本営発表
〜 あああ 〜
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taro's トーク ああああああ
引用昭和十七年六月十日午後に、大本営海軍部はミッドウェー作戦を 「我が方損害(イ)航空母艦一隻喪失、同一隻大破、巡洋艦一隻大破、(ロ)未帰還飛行機三十五機」と発表した。 東條もこのていどの数字しか知らされてなかった。 ところが政務上奏の折りに、天皇が何げなく実際の数字を洩らしたのである。 秘書官赤松貞雄は、「天子様がミッドウェーで喪失した隻数を洩らされ、この海戦への憂慮を示されたおりに、 東條さんは自分に報告されている数字とあまりにも違っているのに驚き、 改めてそれを調べてみるとやはり相当の被害があることが判ったのです」と証言している。 実際の数字は、空母四隻を喪失、重巡洋艦一隻、巡洋艦一隻、潜水艦二隻が大破していた。 しかも三千二百名の死傷者をだし、このなかには多くのベテランパイロットが含まれていたのだ。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。