ムッソリーニ逮捕
1943/07/25
権力はなおわが手中に。 余裕のムッソリーニを襲った突然の逮捕。
    
1939/09/01   ドイツ軍、ポーランド侵攻開始 (第二次世界大戦勃発)
1939/09/03   英仏、対独宣戦布告
1940/05/10   ドイツ軍、西部戦線に総攻撃開始
1940/05/27   イギリス軍、ダンケルク撤退開始 (06/04 撤退完了)
1940/06/10   イタリア、英仏に宣戦布告
1940/06/22   フランス(ペタン政府)降伏
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1941/12/11   独伊、対米宣戦布告
1942/10/23   連合軍、エル・アラメイン(エジプト)反攻開始 (〜11/02)
1942/11/08   連合軍、北アフリカ上陸開始
1943/07/10   連合軍、シシリー島上陸 (ハスキー作戦)
1943/07/25   ムッソリーニ逮捕
1943/07/25   バドリオ政権成立
1943/09/08   イタリア、無条件降伏
1943/09/10   ドイツ軍、ローマ占領
1943/09/12   ドイツ軍特殊部隊、ムッソリーニ救出
1943/09/15   ファシスト共和政府樹立 (首相:ムッソリーニ
1945/04/27   ムッソリーニ逮捕 (04/28 銃殺)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用国王は、首相ムソリーニを居室にまねいても、これまでのように椅子をすすめず、おかげで二人は立ったまま話す形になっていた。
そして、首相ムソリーニが戦況や大評議会について語り、やおらヒトラー説得による戦局打開構想にふれようとすると、 それまでもいらいらした様子で口をはさんでいた国王は、大評議会の議決の意義は重い、と述べたあと、
「アルプス旅団ではやっている歌をご承知か。こんな歌だ」
  ムソリーニをやっつけろ、
     仲間を殺したあの男を
国王は一節を口ずさみ、凝然と佇立する首相ムソリーニに、辞職してほしい、後継首班はバドリオ元帥にする、といった。
首相ムソリーニによれば、国王エマヌエル三世は、残念だが、まことに残念だが、という言葉を合の手のようにくり返したというが、 首相ムソリーニは、沈黙を維持して、退室した。
玄関に出ると、憲兵大尉ヴィグネリが近づき、国王に閣下の身辺護衛を命令された、同行願いたい、といって、救急車を指さした。
首相ムソリーニと秘書チェザレが、不要だと述べたが、大尉は、命令ですと主張して、救急車の後部ドアをひらいた。
炎天下での駐車だったので、とたんに熱気が噴出した。
「この連中ものるのか。よけい暑苦しくならんか」
首相ムソリーニは、まわりをとりまく六人の逮捕要員を眺め、うんざりした様子で質問した。
要員たちも浮かぬ顔を示したが、大尉は、かまわん、早く乗れ、と、一同を救急車におしこんだ。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。