ロンメル服毒死
1944/10/14
講和の願い 容れられず。 “砂漠の狐”、総統より死を賜う。
    
1942/11/08   連合軍、北アフリカ上陸開始
1943/07/10   連合軍、シシリー島上陸 (ハスキー作戦)
1943/09/08   イタリア、無条件降伏
1944/06/06   連合軍、ノルマンディー上陸作戦開始 (オーバーロード作戦)
1944/06/15   ドイツ軍、V1ロケットでロンドン爆撃開始
1944/06/26   シェルブール要塞陥落
1944/07/20   ヒトラー暗殺計画失敗
1944/08/25   連合軍、パリ入城 (ド・ゴール凱旋)
1944/10/11   ソ連軍、ドイツ国境を突破
1944/10/14   ロンメル服毒死
1945/04/22   ソ連軍戦車隊、ベルリン市街に突入
1945/04/30   ヒトラー自殺
1945/05/07   ドイツ、無条件降伏 (ベルリン陥落)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用十月十三日、大本営から電話をもって、翌日正午、ゲネラル・ブルクドルフ(人事部長)が来訪するとの予告があった。 副官のフルディンガアが用向きをきくと、新任命に関して相談がある、とのことだった。 当時、なお体力回復せず、晴天陣図を曝す生活をしたロンメルには、これは意外である。
定刻、ブルフドルフは来た。 ほかに将官と佐官を一名ずつしたがえている。 自動車の運転手は黒服のSS隊員。 ロンメル夫人が二階の窓から見ると、家の周囲はSS武装兵が遠まきに取りかこんでいる。 ものものしい気配である。
ブルクドルフ等三名は応接室に入る。 ロンメルと握手をする。 ロンメルは副官にノルマンディ戦況の説明書をとらせにやる。 ロンメルの現職は今なお西部軍B集団司令官である。 戦況説明をするつもりらしい。
ブルクドルフはこれをさえぎって、ロンメルと内談したいという。 二人だけ応接室に残る。 これが一時間もつづいたろう。 やがて出て来たロンメルの顔色は蒼白である。 そのまま二階にいく。 夫人は驚いてきく。
「まあ、お顔色が! どうなさったの?」
ロンメルはボツリと答える。
「お訣れだよ、ルツィ。私は十五分以内に死ぬ・・・・・・ヒトラーの嫌疑がかかっている。 ゲルデラアの革命政府名簿に私の名が載っているという。 シュチュルプナアゲルも、スパイデルも自白したそうだ。 ・・・・・・だが、嘘にきまっている。 総統は毒薬か、『人民法廷』のいずれかを選べと命じてきた。 連中は毒薬を用意してきている。 三分で利くということだ」
夫人は「人民法廷」を選んで白黒を争えという。 ロンメルは頭を横にふる。
「いや、ベルリンに着くまで生かしておくはずがない」
最後の抱擁。 夫人はよよと泣き崩れる。 隣室では何も知らぬ愛息のマンフレットが口笛を吹きながら絵を描いている。
「マンフレットには黙っていておくれ」
この一言を残して、ロンメルは棲み慣れた家を出た―永久に帰らぬ旅に。
二十五分後、電話が鳴った。 副官が出ると、先刻の少佐の声で、
「アルディンガア、大変なことが起こった。元帥は脳溢血で倒れた。逝去されたんだ」
という。副官は答えない。
「分かったかい、おい君?」
と少佐は念を押す。 アルディンガアは黙って受話器を置いた。
ブルフドルフはロンメルに対して、この際、毒死を選べば国葬の栄誉を与えたうえ、遺族に終身年金を給与するが、 人民法廷に立つつもりならば国事犯として極刑に処するばかりでなく、夫人と令息も逮捕する、といって十五分間を与えて、 即答を求めたのである。
引用―書斎では、
ロンメル元帥が、夢想外の事態に直面していた。
二人の将軍は、すすめられた着座を固辞し、いきなり高級副官ブルクドルフ中将が言明したのである。
「閣下は、総統暗殺をたくらんだ叛逆罪の訴追をうけておられます」
眼をみはる元帥に、中将はOKW長官カイテル元帥の書簡をわたし、読み終わるのを待って、 元フランス軍政司令官K・シュティルプナーゲル大将、同参謀C・ホーファッカー大佐、 元「B方面軍」参謀長スパイデル中将の供述書を次々に朗読した。
いずれも元帥が“一味”に加担する意思を表明したとの内容であるが、とくにロンメル元帥が衝撃をうけたのは、 スパイデル中将の自供である。
(ロンメル)元帥は計画の指導者の一人であり、不測の負傷のために直接参加がはたせなかった」
元参謀長スパイデル中将はそう述べた、というのである。
あまりにも意外な内容なので、ロンメル元帥は気失したように呆然としていたが、やがて唇をひきしめたのち、 ブルクドルフ中将に質問した。
「このことは総統は承知ずみか?」
その通りだ、との返事を聞くと、元帥は、さびしげにうなずいた。
「よろしい。私は軍人だ。最高司令官の命令に従う」
高級副官ブルクドルフ中将は、局次長マイセル少将の退室をもとめ、指示されたとおりに、元帥が自決されるなら「真相」は秘匿される、 国葬をおこない家族の安泰と生活は保障される、と述べた。
ロンメル元帥は、この家は包囲されているのか、と質問し、「完全に」との回答をうけると、覚悟を定めたとみえ、 自身の「死の手続」について、冷然と次のような問答をかわした。
「ここではまずい、貴官の車で適当な場所にはこんでもらいたい」
「承知しました。ご遺体はウルム市のワグナーシューレ病院に安置する予定です。その途中で・・・・・・」
「私は負傷のために拳銃がうまく使えぬかもしれぬ」
「その点の用意もあります。三秒間で解決する適切な薬品です」
「葬儀はウルム市でやってもらいたい」
「お約束致します」
「あと、どのくらいの余裕があるのか」
「十五分間です」
ロンメル元帥は、よし、とうなずき、書斎を出ると、夫人ルシーが待つ二階の寝室にむかった。
高級副官ブルクドルフ中将は、局次長マイセル少将をまじえた副官二人の歓談に加わり、陽気に笑声をふりまいた。
ロンメル元帥は、「私は十五分間以内に死ぬ」と夫人ルシーに事情を語り、次いで息子マンフレートにも説明した。
息子マンフレートは、事態の急変に驚き、「防戦」を提案したが、元帥は否決した。
このような場合には警察ではなく、SS、軍隊が出動するが、その態勢がいかに「万全」であるかは、 ほかならぬ元帥自身が知悉している。 それに、少数の幕僚、副官、従兵で抵抗しようにも、武器は拳銃にとどまり、その弾丸も極端に少ない・・・・・・。
元帥は、副官アルディンガー中尉を呼び、あわただしく説明し、かつ抵抗禁止を指示して、 「死の旅」に出発するために階下におりた。
夫人ルシーは部屋を出ず、息子マンフレートが見送る。
召使ロイストルが、元帥に革コートを着せ元帥杖をわたした。
ロンメル元帥は、財布と玄関の鍵を息子マンフレートに与え、門前で待つ二人の将軍の乗用車にむかった。
車から少し離れた位置に、ヘルリンゲン村民男女が群集していた。
むろん、元帥が死にに行くとは知るすべもなく、国難を打開するために出陣するとのうわさを耳にして、 その「壮途」を見送りにきたのである。
元帥杖をふって会釈した元帥は、ふり返った。 そして、五十二歳の父・元帥は、十五歳の息子の手をにぎり、黙って車にのりこんだ。
午後一時五分、二人の将軍ものせて自動車は出発した。
運転手ドーズ軍曹によれば、出発して約二百ヤードも走ったと思うと、高級副官ブルクドルフ中将が空き地に停車を命じ、 局次長マイセル少将と軍曹に散歩を下令した。
数分間後、中将の指示で返ってくると、ロンメル元帥はすでに後部座席で前のめりに倒れて絶命していた。
午後一時二十五分、元帥の遺体はウルム市のワグナーシューレ病院にはこばれ、医師は検屍を主張したが、 高級副官ブルクドルフ中将は「ベルリンの命令だ」といって制止し、「戦傷による大脳動脈栓塞のため死亡」という診断書をととのえさせた。
総統本営『狼の巣』で報告をうけたヒトラーは、副官K・プトケイマー海軍少将につぶやいた。
「また一人、古い戦友を失った」
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。