陸軍気球連隊、アメリカへ向け風船爆弾発射
1944/11/03
とべとべ風船、爆弾のせて、太平洋のかなたまで。 勝利の願いを風船に託して。
    
1944/10/20   アメリカ軍、レイテ島(フィリピン)上陸
1944/10/20   一億憤激米英撃摧国民大会開催 (日比谷)
1944/10/24   レイテ沖海戦
1944/10/25   特攻開始 (関大尉ら敷島隊)
1944/11/01   大日本青少年団、どんぐり採集
1944/11/03   陸軍気球連隊、アメリカへ向け風船爆弾発射
1945/01/01   「タイム」誌、日本製風船爆弾のモンタナ州落下を報道
1945/02/11   ヤルタ協定 (スターリン、対日参戦を約束)
1945/02/19   アメリカ軍、硫黄島上陸
1945/03/09   東京大空襲@ (〜03/10)
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用陸軍に「ふ」兵器と名づけられた秘密兵器があった。 昭和一〇年頃から科学研究所で研究開発が着手され、いったんは立ち消えになったかと思われたが、 戦局が悪化するなかで再び開発が進められた。 一八年の一一月に実験第一号が完成し、翌年二、三月にテストが実施された。 テストの結果は不明であったが、一九年一一月〜二〇年四月までの間に、約九三〇〇個が実際に使用された。 この秘密兵器の目的は大本営によって次のように命じられている。

米国内部擾乱の目的を以て、米国本土に対し特殊攻撃を実施せんとす(大陸指二二五三号)

これが世にいう「風船爆弾」であった。 風船(水素ガス注入、直径一〇メートル)の主な材料が和紙をコンニャク糊で貼り合わせたものであるため コンニャク爆弾などと呼ばれることもある。 風船爆弾作戦のために参謀総長直属の気球連隊が新設され、太平洋に面した三ヵ所の放球陣地が設営された。 気球一個につき二〇キログラムの焼夷弾が装備され、米国まで高度一万メートルの上空を平均六〇時間で飛ばす計画であった。 実際の戦果は、米本土および周辺におよそ二八五個が到達し、爆発したもの二八、疑わしいもの八五、 人的損害一件六人、物的損害小規模な山火事二件、配電線切断一件。 到達率三パーセント、爆発を起こしたもの一パーセント未満。 この間日本国内では食用コンニャクが食卓にのぼらなくなった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。