ヤルタ会談 1945/02/04
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用二月二日
マルタ島の米大統領F・ルーズベルトは、相次ぐ訪問者と会議がつづく過密な日程に身をひたしていたが、
会う者の多くに不安感を与えていた。
大統領ルーズベルトは、朝食後、乗艦・巡洋艦「クインシー」の上甲板に出て地中海の暖かい陽差しをあびていた。
午前十時二十分、国務長官E・ステチニアス、駐ソ大使W・ハリマン、大統領顧問H・ホプキンスが訪れた。
国務長官ステチニアスは、大統領は元気そうに見えた、と記述するが、駐ソ大使ハリマンは別の印象を記録している。
「昨年の選挙のころから、大統領の健康が衰えているとの噂は耳にしていたが、久しぶり会う大統領は、
ひどく衰弱した病人としか思えなかった」
大使ハリマンは、大統領主治医R・マッキンタイヤー海軍少将に大統領の「病状」を質問したが、少将は「心配無用」だと一蹴し、
むしろ顧問ホプキンスに「精密診断」を勧告した。
【中略】
実際には、顧問ホプキンスも重病人ではあったが、【中略】 大統領ルーズベルトよりも約九ヵ月長生きする・・・・・・。
【中略】
キング元帥は、上甲板でひなたぼっこする大統領に会った第一印象を、次のように記述している。
「私とマーシャルは、ワシントン出発前に会見したときとは別人のような大統領の姿に衝撃をうけた。
明らかに重病人である」
引用「二人の会談は、まさしく地球を掌中でこねまわしている感じであった。
驕慢さよりは、気楽さが感得された」
とは、大使ハリマンの感想である。
戦争は惨禍をもたらす。
だが、一時の戦火とは別に、直接に関係のない力で民族の命運と将来が作図される恐ろしさも戦争の産物だ
―との含意がうかがえる。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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