玉音放送 (終戦の詔勅)
1945/08/15
本土決戦論を抑えて日本を終戦に導いた天皇の決断が、国民に肉声で伝えられた。
    
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1945/02/14   近衛文麿、天皇に上奏文を奉呈
1945/07/26   連合国、ポツダム宣言発表
1945/08/06   アメリカ軍、広島に原爆投下
1945/08/08   ソ連、対日参戦 (08/09 満州侵攻開始)
1945/08/09   アメリカ軍、長崎に原爆投下
1945/08/10   御前会議、条件付きでポツダム宣言受諾を決定
1945/08/10   政府、ポツダム宣言の条件付き受諾を連合国に申入れ
1945/08/12   日本降伏に関する連合国回答到着
1945/08/14   御前会議、ポツダム宣言受諾を決定
1945/08/14   政府、ポツダム宣言受諾を連合国に通告
1945/08/14   天皇、玉音盤録音
1945/08/14   宮城事件 (戦争継続派によるクーデター未遂)
1945/08/15   阿南陸相自決
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1945/08/15   鈴木(貫)内閣総辞職
1945/08/17   高村光太郎「一億の号泣」発表 (朝日新聞)
1945/08/30   マッカーサー厚木到着
1945/09/02   降伏文書調印 (全権:重光葵梅津美治郎/第二次世界大戦終結)
〜 聖断の理由 (抜粋/口語訳) 〜
なお戦争を継続するならば、最後には我が民族の滅亡を招くのみならず、 全人類の文明を破壊することになりかねない。 そのようなことになったなら、私は国民にどう申し開きをし、先祖たちにどう謝ればよいだろう。 このようなわけで、私は帝国政府を通じ共同宣言に応じるに至った。
taro's トーク ああああああ
引用小畑は、晩年めったに軍人については息子たちには話さなかったが、 話が敗戦とそれに伴う天皇の御心痛にふれると、顔を曇らせ絞り出すような声で、 戦争の元凶と目される人物の名をあげた。
まず木戸幸一(内大臣)の名を第一にあげ、軍人では永田東條、それに梅津美治郎武藤章、富永恭次、 四方諒二、鈴木貞一池田純久、それに頭が悪い将軍として寺内寿一、 これらの人物が御国を誤ったのだと語るのが常であった(小畑又雄談)。
殊に池田の思想については、深く考察して「奴は共産主義者だ、 軍の中にも赤化思想に蝕まれた者がゐる」と慨歎していたという。 小畑は軍の赤化については平素から分析を怠らず、かなり綿密な調査をし分析や観察を欠かさなかった。
引用中西 敗戦後のことになりますが、昭和天皇が当時の皇太子、つまり今上天皇に手紙を書き、 そのなかで、日本が戦争に負けた理由を四つ挙げています。 敵をよく知らなかったこと、科学精神が欠如していたこと、そして陸海軍の不仲と、明治時代のような元老がいなくなったということです。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。