東條英機自殺未遂 1945/09/11
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク
ああああああ
引用午後一時すぎになると、ジープがつぎつぎと横づけされた。
新聞記者と、銃を肩にしたMP三十人あまりが東條家の回りを徘徊し、ある者は邸内に入りこんで、
ガラス越しに室内を覗きこんだ。
〈なぜ何も言ってこないのだろう〉
東條は首をひねった。彼は連合軍が逮捕に来たと思ったが、それよりも前に射殺されてしまうかもしれぬと恐れた。
そのまえに自殺しようと心に決めた節がある。
それで応接間を死に場所にふさわしいように最後の点検をした。
長年つかっていた机、椅子、書類棚。ソファの後ろには等身大に近い肖像画があり、
机には彼の心の拠り所である大東亜会議の写真を飾った。
そして応接セットのテーブルに遺言状を置き、二挺の拳銃と短剣一刀を並べた。
それから部屋の隅に大将の肩章と六個の勲章の略綬をつけた軍服をたたみ、その脇に軍刀三刀を立てた。
それが帝国軍人の最後を見守る舞台装置であった。
動きがはじまったのは午後四時近くになってからである。
二台の高級将校用のジープが玄関前に横づけになると、数人のMPが降り、
これまで監視をしていた兵隊を指揮して玄関と応接間周辺をとりまいた。
MP隊長ポール・クラウス中佐が玄関をノックした。
と同時に、邸をとりまいていたアメリカ兵が一斉に銃をかまえた。
彼らも銃撃戦を覚悟したのである。
ノックの音をきくと、東條は女婿の古賀の形見の拳銃をテーブルにのせた。
たぶん彼は、軍服を最後の衣装としたかったにちがいない。
そうしておいて彼は、半袖開襟シャツにカーキ色の乗馬ズボンという服装で応接間の窓をあけ、
「拘引の証明書をもっているか」とたずねた。
するとMPのひとりが書類を見せたので、東條は「いま玄関をあけさせよう」と言って窓を閉め、鍵をかけた。
軍服に着がえる時間はなかった。
のちに東條が巣鴨拘置所で語ったところでは、このあと彼はソファに座り、左手に拳銃を握り、
○印の個所をシャツ越しに確かめて古賀の拳銃を発射させた。
しかし彼が左利きだったことと、発射の瞬間に拳銃がもちあがったことで、弾丸は心臓から外れた。
一発の銃声はアメリカ兵たちを驚かせた。
彼らは、東條とその護衛たちが絶望的な戦いを挑んできたと考えた。
すぐに応射し、何発もの弾丸を家に射ちこんだ。しかし邸内からの応射はない。
幾人かが玄関を破り、拳銃を手に応接間のドアを壊しにかかった。
興奮した英語が応接間のなかに投げこまれた。
このときカツは、隣家の庭で農婦を装いながら様子をうかがっていた。
邸内から一発の銃声が響き、それに応じてMPの乱射があり、
あとは喧騒が自宅を支配しているのを知って覚悟をきめた。
軍人らしい死に方であって欲しい・・・・・・と合掌し、夫はそのように死んでいったであろうと確信して、
彼女は庭から離れた。
高台の道を降りていくと、あちこちにジープがとまり、待機しているMPが無線にとびついているのが眼についた。
ジープのなかに機関銃が無造作に積みこまれてあり、もしもの場合にはアメリカ兵は射ちあいを覚悟していたのだと思った。
それが夫への〈対応〉だったのかと、彼女は不快の念を押さえることはできなかった。
引用九月十日付で、東條は遺書を書いている。
几帳面な東條らしく、その遺書は五項目に分かれ、文学的表現は少なく、
簡潔な文体で天皇至上と愛国の思いを込めて綴られている。
要点だけを言えば
―。敗戦という結果となり、天皇陛下の宸襟を悩まし奉り、一億国民の忠誠の屍を積み、
光輝ある歴史を汚すことになって恐懼に堪えない。
開戦当時の責任者として、その責任は深い。
「茲ニ自決シ其ノ責任ヲ痛感スル處ナリ」と記している。
第三項目の中の「勝者ノ裁判ニ依リ決スルモノニアラズ」という文言や
第四項目にある「大東亜戦争ハ戦破レタリト雖モ其ノ意義ハ萬世ニ照シ正シキヲ信ズル」などは、
東京裁判における東條の主張の原点といえよう。
最後に、前途多難の日本国家に思いを馳せ、その興隆を祈念し、花押、捺印している。
昭和二十年九月十日 内閣総理大臣前官礼遇
陸軍大将従二位勲一等功二級
追記として「大東亜諸民族諸君」と呼びかけ、民族解放に尽くした協力に対し、 深謝しその多幸を祈念している。 ちなみに、東條がこの日、この遺書を書いていることを知る者はほとんどいなかった。
アメリカ側に押収されたまま、その存在が明らかになるには、半世紀以上の歳月を経なければならなかった。
数年前、ワシントンのアメリカ国立公文書館で、この遺書の原文コピーと英語の訳文があることが、
共同通信の編集委員によって発見された。原文の所在は、いまだに不明である。
升本喜年 「軍人の最期」
P.32この本を入手
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
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