チャーチル、「鉄のカーテン」演説
1946/03/05
冷戦で分断されたヨーロッパの現状を、チャーチルがアメリカ国民に、そして世界に語った。
    
1945/02/04   ヤルタ会談 (〜02/11)
1945/06/05   ベルリン協定調印 (米・英・仏・ソ)
1945/07/17   ポツダム会談 (〜08/02)
1945/08/16   スターリン、ソ連軍による北海道北部占領を提案
1945/08/30   ドイツ管理理事会設置 (米・英・仏・ソ)
1946/03/05   チャーチル、「鉄のカーテン」演説 (米・ミズーリ州フルトン)
1946/07/12   国共内戦、全面戦争化
1946/09/12   ウォーレス(米)商務長官、米ソ協調演説 (09/20 辞任)
1947/02/10   パリ平和条約調印 (連合国とイタリア・ハンガリーなどの講和)
1947/03/12   トルーマン・ドクトリン
1947/06/05   マーシャル・プラン(ヨーロッパ復興計画)発表
1947/10/05   コミンフォルム(欧州共産党情報局)設置
1948/04/01   ソ連、ベルリンを一部封鎖
1948/06/24   ベルリン封鎖 (〜49/05/12)
1948/06/26   西側諸国、西ベルリンへの大空輸を開始
1949/04/04   NATO(北太平洋条約)調印
1949/10/01   中華人民共和国成立 (主席:毛沢東
1950/06/25   朝鮮戦争勃発
〜 あああ 〜
あああ
taro's トーク ああああああ
引用三月五日、イギリスの前首相チャーチルは、アメリカのミズーリ州フルトンで演説し、 「バルト海のステッセンからアドリア海のトリエステまで、大陸を縦断して鉄のカーテンがおろされている」と強調した。 チャーチルが演説するとき、演壇にはトルーマン大統領もならんでいた。 スターリンは、チャーチルの演説をもって「連合国のなかに不和の種をまき、 その協調をさまたげようとする危険な行動」とみなし、チャーチルはいまや「好戦主義者」の代弁をつとめていると非難した。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。