1931年
昭和6年
生命線  電光石火  テクシー 浜口若槻A犬養内閣
1931/01/23   アンナ・パブロワ没
1931/02/03   幣原首相代理失言
1931/02/11   映画「モロッコ」封切 (初のスーパーインポーズ版)
1931/02/11   堺利彦、寺子屋式農業学校開校 (福岡県行橋町)
1931/03/06   旅客機からの初の飛び降り自殺 (三重県上空)
1931/03/09   幣原首相代理解任
1931/03/10   浜口首相登院
1931/03/17   三月事件 (陸軍によるクーデター未遂)
1931/04/13   若槻礼次郎、民政党総裁就任
1931/04/13   浜口内閣総辞職
1931/04/14   若槻内閣A成立 (首相:若槻礼次郎
1931/04/14   スペイン第2共和国成立
1931/05/11   クレジット・アンシュタルト銀行(墺)倒産
1931/05/16   官吏減俸を閣議決定 (蔵相:井上準之助
1931/06/13   北里柴三郎没
1931/06/17   朝鮮総督に宇垣一成を任命
1931/06/20   フーバー・モラトリアム
1931/06/22   日本空輸航空旅客機、福岡県の山中に墜落 (初の航空機事故)
1931/06/27   中村大尉殺害事件
1931/07/02   万宝山事件
1931/08/01   映画「マダムと女房」封切 (本格的トーキー/主演:田中絹代)
1931/08/07   日米対抗水泳競技大会@開催 (神宮プール)
1931/08/08   ダット自動車製造、小型4輪車を製作 (→ダットサンと命名)
1931/08/20   三色灯の自動信号機設置 (銀座尾張町と京橋交差点)
1931/08/25   マクドナルド挙国一致内閣成立 (英)
1931/08/26   浜口雄幸
1931/08/26   リンドバーグ夫妻、根室を経て霞ヶ浦に飛来 (北太平洋横断)
1931/09/17   英印円卓会議A開催 (〜12/01/ガンジー出席)
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1931/09/19   林奉天総領事、柳条湖事件は軍部の計画的行動と幣原外相に報告
1931/09/19   満州事変第一報を臨時ニュースで放送
1931/09/21   朝鮮軍、満州へ越境出動 (司令官:林銑十郎/統帥権侵犯)
1931/09/21   中国、柳条湖事件を国際連盟に提訴
1931/09/24   政府、不拡大方針を声明
1931/09/28   日本商工会議所、在中国権益擁護と排日運動絶滅を声明
1931/09/30   国際連盟理事会、日中両国に解決を要望する決議案採択
1931/10/08   錦州爆撃 (関東軍の飛行隊)
1931/10/11   ハルツブルク戦線結成 (ドイツ右翼勢力の結集)
1931/10/17   十月事件 (桜会によるクーデター未遂)
1931/10/18   陸軍、白川義則大将の満州派遣を決定 (暴走する関東軍説得のため)
1931/10/18   トーマス・エジソン没
1931/10/24   国際連盟、満州撤兵勧告案可決
1931/10/26   日本政府、撤兵の前提条件を声明
1931/10/29   ゲーリックら米大リーグ選抜チーム来日
1931/11/07   中華ソビエト共和国臨時政府(瑞金政府)成立 (主席:毛沢東
1931/11/10   溥儀、天津脱出 (→大連)
1931/11/11   渋沢栄一
1931/11/18   日本政府、満州への増派を閣議決定
1931/11/21   安達内相、政友・民政協力内閣を主張 (声明発表)
1931/12/10   国際連盟、満州問題調査委員会設置
1931/12/11   若槻内閣A総辞職 (安達内相の辞任拒否で閣内不統一)
1931/12/11   イギリス議会、ウエストミンスター条例可決 (英帝国会議宣言を法制化)
1931/12/13   犬養内閣成立 (首相:犬養毅
1931/12/13   金輸出再禁止 (蔵相:高橋是清
1931/12/13   安達前内相ら、民政党脱党
1931/12/15   中島飛行機設立
1931/12/16   浅草オペラ館開場 (榎本健一の劇団ピエル・ブリリアント旗揚げ)
1931/12/16   鉄の戦線結成 (ドイツ左翼勢力の結集)
1931/12/23   閑院宮載仁親王、参謀総長就任
1931/12/28   関東軍、錦州への進撃開始
内閣浜口若槻A犬養内閣
流行語生命線  電光石火  テクシー
書籍「つゆのあとさき」 「機械」 「檸檬」
映画「マダムと女房」
放送日米交換放送
流行歌酒は涙か溜息か
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。