土肥原 賢二
1883 − 1948
[ どいはら・けんじ ]
教育総監、航空総監、奉天特務機関長、奉天市長、陸軍大将、A級戦犯
一覧 (タ)   
エピソード 1調査中。
・ 岡山県出身。陸士卒。陸大卒。
・ 天津特務機関勤務などを経て、満州事変直後、奉天市長に就任。
・ 天津で中国人による反張学良暴動を起こさせ、溥儀を満州に移送。
・ 奉天特務機関長として内蒙工作を進め、土肥原・秦徳純協定を締結
・ 第12方面軍司令官として終戦を迎える。
・ 戦後、A級戦犯として東京裁判で「絞首刑」の判決刑死
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1931/11/10   溥儀、天津脱出 (→大連)
1932/01/28   上海事変@勃発
1932/03/01   満州国建国宣言
1932/09/15   満州国承認 (日満議定書調印)
1933/03/28   日本、国際連盟脱退
1935/06/27   土肥原・秦徳純協定
1936/02/26   二・二六事件
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1940/09/27   日独伊三国軍事同盟調印
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
1946/04/29   A級戦犯容疑者28人の起訴状発表
1946/05/03   東京裁判(極東国際軍事裁判)開廷
1948/11/12   東京裁判、A級戦犯25被告に有罪判決
1948/12/23   東條英機・広田弘毅ら7人、絞首刑執行
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。