団 琢磨
1858 − 1932
[ だん・たくま ]
三井合名会社理事長
一覧 (タ)   
エピソード 1調査中。
・ 福岡県出身。技術者出身の実業家、工学博士。
・ 岩倉使節渡欧に際し留学生として同行、マサチューセッツ工科大学鉱山学科を卒業。
・ 工部省入省後三井に移り、のち、三井合名会社専務理事。
・ 技術、経営手腕ともに高評価を得て、三井合名会社理事長に就任。
・ 三井財閥の最高指導者として君臨、発展させる。
・ 三井本館前で血盟団事件に斃れる。
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1905/09/05   ポーツマス条約調印 (首席全権:小村寿太郎日露戦争終結)
1909/10/11   三井合名会社設立
1922/08/01   日本経済連盟会設立 (井上準之助団琢磨ら)
1923/09/01   関東大震災
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1932/03/05   血盟団事件A (団琢磨暗殺)
1932/03/11   井上日召自首 (血盟団事件)
引用団琢磨は安政五年福岡県に生まれ、 アメリカのマサチューセッツ工科大学で鉱山学を修め、帰国後は当時官営だった三池鉱山局技師となった。 三池が三井に払下げられてからは専務理事となり、その後次第に三井全体の幹部にすすみ、 三井合名の理事長になったのは大正三年であった。
団は大正時代から昭和初年にかけての三井財閥の最高指導者であり、 また日本工業倶楽部や日本経済連盟会(今日の経団連の前身)の創立者でもあり、 その初代理事長や会長であった。 実に当時の独占資本の代表的存在であった。 三菱が民政党とむすんだのに対し、三井は政友会と結託してきた。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。