伏見宮 博恭
1875 − 1946
[ ふしみのみや・ひろやす ]
軍令部総長、第2艦隊司令長官、佐世保鎮守府司令長官、元帥海軍大将
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エピソード 1調査中。
・ 東京都出身。伏見宮貞愛王の第1子。海兵在学中に、特命によりドイツ留学。
・ 日露戦争では、旗艦「三笠」分隊長を務める。
・ イギリス駐在、第2艦隊司令長官、軍事参議官などを歴任後、軍令部長(のち軍令部総長)。
・ 単なる皇族総長ではなく、海軍の長老として長く影響力を持ち続けた。
1904/02/10   対露宣戦布告 (日露戦争勃発)
1905/05/27   日本海海戦 (〜05/28/連合艦隊司令長官:東郷平八郎
1905/09/05   ポーツマス条約調印 (首席全権:小村寿太郎日露戦争終結)
1930/04/22   ロンドン海軍軍縮条約調印
1930/04/25   統帥権干犯問題 (犬養毅鳩山一郎が追及)
1930/06/10   加藤軍令部長、帷幄上奏で単独辞任 (統帥権干犯問題)
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1933/09/27   軍令部令公示 (海軍軍令部条例廃止)
1937/07/07   盧溝橋事件 (日中戦争勃発)
1940/09/27   日独伊三国軍事同盟調印
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1945/08/15   玉音放送 (終戦の詔勅)
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。