ハーバート・C・フーバー
1874 − 1964
大統領(共和党)、商務長官 / アメリカ
一覧 (ハ)   
エピソード 1調査中。
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1914/07/28   オーストリア、セルビアに宣戦布告 (第一次世界大戦勃発)
1919/06/28   ベルサイユ条約調印 (北京政府、調印拒否)
1929/10/24   米・ウォール街、株価大暴落 (→世界恐慌)
1930/04/22   ロンドン海軍軍縮条約調印
1930/10/27   軍縮記念放送 (浜口首相マクドナルド首相フーバー大統領
1931/06/20   フーバー・モラトリアム
1931/09/18   柳条湖事件 (満州事変勃発)
1932/01/07   スチムソン・ドクトリン (米、満州事変を不承認)
1932/07/28   ボーナス・マーチ襲撃事件 (ワシントン)
1932/11/08   F・ルーズベルト、アメリカ大統領選挙でフーバーを破り当選
1939/09/01   ドイツ軍、ポーランド侵攻開始 (第二次世界大戦勃発)
1941/12/08   ハワイ奇襲攻撃 (AM03:25/太平洋戦争勃発)
1945/05/07   ドイツ、無条件降伏 (ベルリン陥落)
1945/09/02   降伏文書調印 (全権:重光葵梅津美治郎/第二次世界大戦終結)
1947/03/12   トルーマン・ドクトリン
引用アイオワ州の小さな町ウェスト・ブランチに生まれた。 両親は敬虔なクェーカー教徒だった。 父は鍛冶屋だったが、フーヴァーが六歳の時に亡くなり、母も九歳の時に病死した。 孤児になったフーヴァーは、親戚に引き取られ、家の手伝いやアルバイトをしながら高校を卒業した。
フーヴァーの夢は鉱山技師になることだった。 一八九一年、スタンフォード大学に一期生として入学し、働きながら勉学に励み、九五年に卒業した。 ネヴァダの金鉱で鉱夫として働いたあと、サンフランシスコの鉱山会社で才能を認められ、九七年にはイギリスの会社から オーストラリアの鉱山調査を委託された。 九八年、大学時代の後輩ルー・ヘンリーと結婚した。 その後の十五年間は、世界各地の鉱山調査や開発を手がけ、鉱山技師としての名声と巨万の富を得た。
一九一四年、第一次世界大戦が勃発した時ロンドンにいたフーヴァーは、ヨーロッパに在留するアメリカ人を救済する活動の陣頭に立った。 その後、「ベルギー救済委員会」の委員長として、食料物資を届ける救済活動を指揮した。 アメリカが参戦した一七年には、ウィルソン大統領から国内の食料管理を統括する食糧庁長官に任命され、采配を振るった。 戦後もヨーロッパのアメリカ救済局総局長として活躍し、フーヴァーの名は、 人道的援助活動の推進者としてアメリカ国民に広く知られるようになった。
引用フーヴァーとローズヴェルトはいろいろな点で異なっていた。 フーヴァーは貧しいアイオワの農民の家に生まれた。 社会的地位も財産もなく、みずからの努力と勤勉によって、スタンフォード大学を卒業し、鉱山技師をふりだしに、 名声と富とをかちえた立志伝中の人である。 彼が「強固な個人主義者」として、個人の企業の自由を擁護し、民間企業に対する政府の干渉をあくまで排除しようとつとめるのは、 彼がアメリカが機会の国、自由の国であるという伝統に生きてきたからであった。
これに対して、ローズヴェルトはニューヨークの名家の出である。 子供のときから何一つ不自由なことはなく、社会的地位と富に恵まれていた。 しかし彼は自由主義者であり、社会変革をおそれぬ進歩的な考えの持ち主であった。 ニューヨーク州上院議員、ウイルソン大統領の下の海軍次官補、一九二〇年の選挙における民主党副大統領候補、 という順調な政治家としての経歴を重ねていた。
一九二一年小児麻痺におかされ、苦しい闘病生活を克服し、二八年にはニューヨーク州知事としてはなばなしく政界にカムバックした。 彼の選挙運動は全国民を驚かすに足る精力的なものであった。 遊説旅行は二万五千マイルに及び、ほとんどすべての州を訪れた。 コロンビア大学のモーレー教授をはじめ、多くのインテリからなるブレーン・トラストの助けをかりて、 彼は恐慌から生じている諸問題を鋭く分析し、その対策を明らかにしようとした。
ローズヴェルトは、けっしてアメリカの資本主義を改変しようとするものではなかった。 彼自身資本家だったからである。 しかし、彼の収入は、投資による配当ではなく、主として地代や銀行利子であった。 だから、産業の過大な競争は彼にとっては弊害と考えられたのである。 資本家としての彼は労働者を搾取しなかったし、国家の天然資源を浪費しなかったし、また、 株式の投機をやったこともなかった。
※ 「クリック20世紀」では、引用部分を除いて、固有名詞などの表記を極力統一するよう努めています。
「フーバー」は「フーヴァー」とも表記されることがあります。